西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています
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アメリカ (あめりか)

お笑い番組を見るのも治療の一つ

今日は夜の7時から10時まで私の大好きなものまね番組があるので、先にブログを書いてしまおうと思う。そう、ものまね番組などと馬鹿にする事なかれ。これを見るのも、私にとっては一種の治療なのだ。ガンになってからというもの、とにかくいろいろな本を読みあさったが、どれも共通して主張しているのは、ガンの発生原因は「食事、ストレス、運動不足」であるということである。従って治療には、これらの原因を取り除くこと、すなわち食事の改善、ストレスフリーの生活にすること、運動をすることである。そしてストレスのない生活に関連するのだが、楽しいことをすること、笑うこともとっても重要だと言っているのだ。歌が好きな人はカラオケ [… 続きを読む]

手術前の各種検査

とにかく手術前はいろいろな検査が必要だ。私の場合直腸ガンということもあって、直腸の近くには子宮や膀胱やとにかくいろいろな臓器が至近距離にあるため、そっちへ浸潤していないかを見ておいたほうがいいということで、通常の検査にプラスして婦人科検診もやることになった。婦人科検診は痛かった。またもや大泣き。直腸MRというのは楽だった。よくTVとかでも見るやつで、大きな検査機器の中にずずーっと入っていくやつだ。自分はただ台の上で寝ていればいい。しかし、まさか検査前に痛い注射を打たれるとは思っていなかったので、それがショックだった。 検査の中での最大の難関は大腸内視鏡であった。1月17日の記事に、いかにアメリ [… 続きを読む]

初めて救急車に乗った

ガンを宣告されたその日に帰国を決断、3日で荷物をまとめて日本に帰る準備を整えた。前々から帰ることが分かっていたのではなく、普通に生活していた人がある日突然3日後に帰りなさい、と言われたようなものである。引越しの手配、車の処分、賃貸契約及び公共料金その他もろもろの解約など、目が回る忙しさだったが、それでもけっこうなんとかなるものだなと思った。大腸内視鏡で全部出すものは出してあったおかげで、私の体調もこの3日間だけはさほど悪くはなかったので、本当に助かった。それにしても、今回は長くアメリカに住むつもりで高級家具をそろえたので、それをすべて無料であげてしまうのはなんとも悲しかったが、もうムービングセ [… 続きを読む]

大腸内視鏡検査、そしてガンの宣告

2006年1月17日大腸内視鏡検査を受けた。話では、内視鏡自体はほとんど苦痛はなく、むしろその前に飲む下剤のほうがつらいと聞いていたので、安心して受けたが、実際はとんでもない苦痛であった!検査中あまりの痛さに私は泣き叫び、なんと3人の看護婦に押さえつけられたのである!!もちろん下剤もつらかった。アメリカの場合、日本と違い、自宅でジュースを飲みながら下剤を飲むのだが、もうまずいのなんのって、今でもあのときのホワイトグレープジュースを見るだけで吐き気がしてくる。恐らくもう二度とホワイトグレープジュースは飲めないであろう。 それにしてもアメリカは動きが速い。私が内視鏡検査終了後、瀕死の状態でベッドに [… 続きを読む]

このブログについて

それは私にとっては突然降って沸いた、信じがたいがまぎれもない事実だった。その名も直腸がん。当時アメリカ・カリフォルニアに住んでいた私は、2005年夏ぐらいから便通異常を感じており、9月に一時帰国した際日本(聖路加病院)で受けた便検査で潜血異常があったものの、忙しいのを理由に大腸内視鏡検査を後回しにしていた。しかし年末になり日常生活にも支障をきたすぐらいの状況になってきたため、とうとう大腸内視鏡検査を受けたのだった。そしてその場でガンと宣告された。 それにしても、ガンの宣告ってもっと重々しい状況でされるのではなかったっけ?薄暗い部屋でレントゲン写真なんかを見ながら、これがガンですね・・・みたいな [… 続きを読む]

自覚症状が出始めていた時期の話

正確には分からないが、記憶では、当時アメリカ・カリフォルニアに住んでいた私が便通異常を感じ始めたのは2005年の夏ぐらいのことだった。それまで35年間快便で、下痢も便秘もほとんど経験したことのない私だったが、頻繁に便意を感じるようになり、トイレに行く回数が急に増えてきたのである。それは通常3回くらいであったが、多いときで1日に5回ぐらいになることもあった。しかし、当然何度もトイレに行っているから、行っても出ないこともしばしばあった。そして当時はもちろんそんなこと想像もし得なかったのだが、私が便意と感じていたのはどうやらガンの疼痛だったらしい。そうとは知らずに、便意と勘違いし、思い切りふんばるも [… 続きを読む]

初めて痔を経験

2005年9月に友人の結婚式に出席するため、日本に一時帰国した。さらに主人のいとこの結婚式にも出席するため九州・宮崎へ行った。九州へ行ったついでにと、鹿児島旅行をしていたときだった。そのころあたりからだんだん肛門痛を感じるようになっていたのだが、9月23日には我慢できないぐらいの痛みを感じ、薬局で痔用の軟膏を買って塗ってみた。生まれて初めて自分の肛門を触った。自分としてはものすごい屈辱だった。しかし、その薬が効いたのか、とにかく痛みは2日で消えた。よってそのときは痔になったのだと思っていた。 アメリカでは保険に入ってなかったので、なかなか医者へ行くことができず、東京へ戻って早速9月28日聖路加 [… 続きを読む]

大腸内視鏡を受けるまでの症状

日本に一時帰国していたとき、ある友人からオーガニック野菜生活の話をとくとくと聞かされ、夫婦ともどもすっかり感化され、アメリカに戻ってすぐにオーガニック野菜生活にした。それまでは、必ず夕食のメインは肉か魚を出していたが、それからは野菜中心のメニューになり、肉も魚も食べない日が続くようになった。すると1週間もしたらなんだか体調がよくなってきて、便通も改善された。これですっかり気を良くしてしまい、あとで思えばこれがまた検査を遅らせる要因ともなったのだが、とにかくこのときは食べ物でこんなにも体調が変わるものだと実感した。 しばらく調子が良い日が続いていたが、1ヶ月も経たないうちにまた便通が悪くなってき [… 続きを読む]

待ちに待った検査結果

今日は待ちに待った検査結果を聞きに行く日だ。いったいなんて言われるのだろう・・・天国か地獄か・・・。主人と母と私の3人でどきどきしながら診察室へ入った。 開口一番、先生は「肝臓と肺への転移はありませんでした。婦人科検診のほうも問題はありませんでした」と言った。一同ほっと胸をなでおろす。「しかし、右の卵巣が肥大化しているのが気になりますね。卵巣はとることになるでしょう。子宮はわかりませんが、子供を産む可能性はあるんですか?」「いえ、ありません」「そうですか、じゃあ場合によってはとるかもしれません」「はい、けっこうです」「問題の人工肛門についてですが・・・たぶんならなくてすむと思いますよ。実際あけ [… 続きを読む]

手術、そして最悪な結果へ

アメリカから日本に緊急帰国してからちょうど1ヶ月。とうとう手術の日がきた。ストレッチャーに寝かされ手術室へ運ばれるとき、思わず涙がこぼれた。私は一言「がんばってくるね」と言って手術室へ入っていった。まずは麻酔の精髄注射を打たれた。これは中学1年のときの盲腸の手術で体験済みだったから、さほどつらくはなかった。そして次に口に全身麻酔の呼吸器みたいなのをつけられ、1回吸ったらまぶたがガクーンと重くなり、2回目で私の意識は完全に遠のいた。 手術後2、3日は術後管理病棟に入る。麻酔から目が覚めたとき、私は真っ先に人工肛門になっているかどうかを確かめた。もちろん手足は動かない。あくまでも感覚だが、なんとな [… 続きを読む]

退院、そしてこれからが本当の闘病生活

本日めでたく退院した。実際、私の場合はあまりめでたくはないのだが、まあとりあえずめでたいということにしておこう。20日ぶりの我が家。これからの闘病生活に若干不安はあるものの、気分は晴れやかだった。パラマウントベッドもちゃんと私の狭い部屋に収まっていた。午前中に退院したので、お昼ご飯を作って義母が待機してくれていた。本当にありがたいことだ。夜には両親が来てくれる。家族の暖かさ、ありがたさを痛感した。今までの私の場合、自分の生活・仕事で手一杯で、ちょっと家族をないがしろにしてきたところがあったので、このように家族への感謝の気持ちを持てたことはちょっとガンに感謝かな。 それにしても、ガンが発覚して以 [… 続きを読む]

母を見習え

今日は新しい理論で治療をしているクリニックに行った。そのクリニックの院長は、すべての病気の原因は「血の汚れ」にあるという理論を打ち出している。よって「血の浄化」が重要であり、そのためには血を作っている元、すなわち食事の改善が重要だというわけだ。院長先生の本を読んで、私自身共感を覚えたので、一度どんなものかと思い、診察を受けることにした。ただ今日は食事指導の講義を聞く日で、診察は明日なので、このクリニックの話は、明日書くことにする。 ちなみに今日聞いた食事療法の話は、とくに目新しい情報はなく、実際今我が家で実践している食事が完璧であることを再認識するだけのものであった。 今日の体調も昨日と変わら [… 続きを読む]

家族の協力体制の重要性を再認識

今日は残念なことにノーロキソ(=痛み止めを飲まない日)更新ならなかった。朝食後いつものように便が出たのだが、今日は痛みが強く、30分超我慢していたが痛みが引きそうもなかったので、観念して痛み止めを飲んだ。でも正解だったと思う。午後も何度も少量の便が繰り返されたので、恐らく飲んでいなかったらまた泣きが入る痛みで苦しんだであろう。飲んだにもかかわらずけっこう痛かったから。 というわけで、記録更新はならなかったが、でも5日間も飲まずに過ごせたのは快挙だ。前回は4日だったから、1日記録更新だ。また振り出しに戻ったが、今度は6日を目指してがんばればいいじゃないか。 さて今日のトピックは「家族の協力体制」 [… 続きを読む]

いい時期にガンになった!?

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日中は青空が広がり若干蒸し暑いぐらいで、晴れた夏のような天気であった。それが夕方4時ごろに一変、ものすごい突風が吹きベランダの植木鉢を倒したかと思いきや、嵐のような大雨になった。一方私の体調は天気と正反対、朝から夕方4時ぐらいまでは昨日同様便と痛みとの格闘であったが、4時頃から母のマッサージ効果もあって痛みが激減、急に体調が良くなってきた。散歩に出ようかと思ったが、嵐だったし、恐らく1、2時間したら天気が回復すると思ったので、先にびわ葉温灸をやって時間調整することにした [… 続きを読む]

現代栄養学の常識は玄米菜食の非常識

昨日に引き続き、今日も食事の話をしようと思う。玄米菜食について勉強すると、今まで私たちが常識だと思っていたことが非常識とされる場面に何回も遭遇してかなり驚く。例えば我々の常識では、牛乳はカルシウムを摂るために非常に良い物とされており、私も小さい頃から毎朝牛乳を飲んでいた。そもそも学校給食で出していることからして、国をあげて牛乳を推奨していることが分かる。しかし、玄米菜食では牛乳を飲むなどもってのほかだ。これにはびっくりした。理由は「人間は菜食動物であって肉食でないので、肉食動物から摂取するものではない」ということだそうだ。よって肉を食べるということは、ある意味共食い状態なわけで、そんなおかしな [… 続きを読む]

一抹の不安がよぎる・・・

ここしばらく安定していた体重が、再び減少に転じ、とうとう今朝は48キロを割り込んでしまった・・・。身長173センチで48キロだから、私が今どれだけ痩せているか想像できるであろう。はっきりいって骨と皮の状態だ。脂肪という脂肪がすべて落ちてしまい、それによって一番影響を受けているのがおしりだ。ただでさえ肛門が痛いというのに、加えておしりの肉が削げ落ち、尾てい骨が突き出てしまっているため、痛くて硬いイスに座ることもできない。自分のベッドはかなりふかふかにしているのでぎりぎりOKだが、普通のベッドでは仰向けに寝るのも難しい。だから外出するときは、おしりに敷く円座を持参することもある(^^;)。 アメリ [… 続きを読む]

生活用品はすべて自然派に

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すっかり最近銀座の松屋に入り浸っている私だが(^^;)、おとといいつものように地下2Fの自然食品売り場に行こうとしたとき、ふとエレベーター脇に急遽設置されたという感じの一角に目を奪われ、近づいてみた。最近はどんなものであれ、どっちみち私が買えるようなものはないと思っているので(どうせ洋服は買わないし、食品も私が食べられるものはないし、宝飾品なんかそもそも買ったことないし)いつもならわき目も振らず地下2階へ一直線なのだが、またもや直感とでもいうのだろうか、なんか私を呼 [… 続きを読む]

ボルタレンを初めて飲んだ日

予想通り今日もつらいつらい試練の一日であった。昨日の夜も痛くて苦しくてほとんど寝られなかった。朝の散歩にはとりあえず出たものの、すぐに苦しくなって家に帰ってきた。トイレで踏ん張ったが出なかった。 朝ごはんを食べ、お風呂に入り、エネマの準備。ここまではまあまあ落ち着いた時間を過ごしていたが、ここからがまさに死闘であった。便が詰まっているためか、エネマの液もほとんど入らない。当然便意はあるので力むが、どんなに力んでもほんの少ししか出ない。トイレに1時間こもっていたので、気力も体力も消耗しきってしまった・・・。 ここまではまったく昨日と同じパターンだったので、今日は迷わずボルタレンを飲んだ。ボルタレ [… 続きを読む]

死闘3日目

予定通り!?死闘3日目に突入した。今日も朝の散歩には出たものの、15分も経たないうちに便意をもよおし家に帰ってきてしまった。でもやはり出なかった。朝ごはんを食べずに、すぐにお風呂に入り、とりあえずいちじく浣腸を試した。30分粘ってようやくほんの少し出たが、焼け石に水程度。昨日同様、ボルタレンを飲み、効くまでの間痛みに耐えた。今日は昨日よりはましだったので、大泣きはしないですんだ(笑)。 もうこの時点で昼近くになっていた。さすがに観念してアメリカの大腸内視鏡をやったときの下剤をとりあえず規定の量(=内視鏡検査をやるときの3分の1)飲んだ。ああ、こんなことなら昨日のうちに飲んでおけばよかった(^^ [… 続きを読む]

腸閉塞(ちょうへいそく)の恐怖、再び

私の願いは届かなかった・・・。結局朝まで出なかった・・・。最後の頼みの綱であったアメリカの下剤も失敗に終わった・・・。 というわけで、さすがにこれ以上自力ではどうしようもないので、病院へ行って出してもらうことにした。さすがに今日は主人もついていってくれた(かなりフラフラだったのでありがたい)。病院へ行くまでは痛くて苦しくてかなりつらかった。なぜならもう肛門まで便が降りてきているからだ(なのにどうしても出ない!!)。 病院へついて受付の看護師さんに「今日は主治医の先生担当の日ではないですけど、どうされました?」と聞かれ、「便が出ないんです・・・」と言った早々感情的になってしまい、泣いてしまった・ [… 続きを読む]

願いは家族の健康のみ

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七夕の飾りつけなんて、小学校以来だ(^^)。主人がいつの間にか七夕グッズを用意していたので、二人で飾り付けをし、短冊に願い事を書いた。これがなければ、すっかり七夕だなんてことも忘れていた。こういうイベントものは、いつも主人が盛り上げ役だ。アメリカにいたときも、クリスマスツリーを購入し、部屋に電飾の飾り付けをしたりしたのも主人であった(^^)。 短冊がたくさんあったので、欲張って願い事もたくさん書いてしまったが、でもすべて健康に関する願い事であった。以前であれば” [… 続きを読む]

お風呂に何度救われたことか

昨日の夜は痛くてほとんど寝られなかった(>_<)。11時にベッドに入ったが夜中の1時に目が覚め、それから朝の4時ぐらいまでうとうとしながらもきっかり1時間ごとに痛みで目が覚めた。1時の時点でロキソ(痛み止め)を飲んでしまえばよかったのだが、つい我慢してしまい、我慢の限界で飲もうと思った朝の4時では時すでに遅し。飲めない時間帯になってしまっていた。なぜ飲めないかというと、朝の排便後に飲まないと痛くて朝食がとれないため、8時から9時ぐらいに飲む必要があるからだ。となると最低6時間(本来は8時間)あけないといけないため、4時に飲んでしまってはまずいのだ。ああ、1時に飲んでおけばよかったとかなり後悔し [… 続きを読む]

音楽療法

昨日の夜も相変わらず痛かったが、あのおとといの夜のような強烈な痛みはなかった。よってなんとか夜中一人で耐えられるぐらいの痛みであったので、主人を起こすことまではしなくて済んだ。 今日の日中も、午前中はまたもや圧迫痛で泣きが入ったが、お昼前に苦しい中なんとかエネマをやって便を出したので(エネマをやるのはとてもつらかったが、やらないともっとつらいと思ったのでがんばった)、圧迫痛からは解放され、午後は通過痛と闘った。でも通過痛のほうがまだマシだ。前にも書いたかもしれないが、通過痛のほうが痛み止めが多少は効果を発揮するからだ。そして何よりも、便がとりあえずは出たわけなので、精神的に楽になる。圧迫痛は、 [… 続きを読む]

麻薬の効果はすごい

麻薬なんて書くと「げっ」と思う人もいるだろうが、要するにオキシコンチンのことである。でもこの痛み止めは麻薬系の薬なので、やはり麻薬は麻薬なのである。 とうとう昨日の夜はロキソプロフェンを2錠飲んだにもかかわらず痛くて眠れなかったので、オキシコンチンを服用した。麻薬系の薬に頼ったのは、アメリカで救急車を呼んだ日以来だ。22時にただでさえロキソをいつもの倍の2錠飲んでいたので、夜中の2時半に立て続けに痛み止めを服用していいものか迷ったのだが、もう耐え切れず飲んでしまった・・・。 それにしても麻薬の効果はすごかった。あんなに痛かったのに、ものの10分で痛みが消えた。おかげですぐに眠れた。が、残念なこ [… 続きを読む]

有機野菜の重要性を再認識

ご存知の通り私は食事療法を行っているが、食事療法の重要なファクターとして「有機野菜の調達」がある。これがけっこう至難の業で、なかなか完璧には調達しきれていないのが現状である。私も今回このような事態になって初めて知ったのだが、「有機」と「無農薬」というのはまったく違う。これらの違いについての詳細についてはここでは割愛するが、とにかくベストは有機野菜なのである。 また有機野菜についてリサーチをしていてびっくりしたのは、日本が農薬大国であるという事実だ。以前はアメリカがそうであったのだが、アメリカでは農薬の危険性にすでに気づき、今となっては日本のほうが農薬使用量が多いそうだ。そのような国にいるものだ [… 続きを読む]

楽しいことある?って聞かれて答えられますか?

カリフォルニアにいるアメリカ人の友人ポールからメールをもらった。「調子はどう?」という問いに対し、私は「特に変化ないよ。毎日やるべきことをやっているだけ」という返信をした。すると次のメールに「最近楽しいことある?」と書かれていた。それに対し私は「残念ながら何もないよ。痛いから何もできないよ」と返信した・・・。 そう、何もない。何も楽しいことがない。そう思ったらものすごく悲しくなってきた。アメリカにいたときは、近くのワイナリーに行ってサンドイッチ片手にワインを飲みながらジャス演奏を聴いたり、公園でのんびりしたり、海へ行ったり、ショートトリップに出かけたりが楽しかった。また週に1度の外食デーで、お [… 続きを読む]

かなりブルー入ってます・・・

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今、かなりブルーになっている。いったい自分は今どういう状態なのか、いったいどうしたらいいのか分からないのだ。一応1日に10回もトイレに行くような頻便の下痢からは脱出できたが、まだおなかは一日中ぎゅぎゅるしていて気持ち悪いし、下痢も止まっていない。かといって、簡単に出るわけでもなく、かなり力まないと出ない。力んだ末にようやく出るのが下痢というわけだ。しかも自分の感覚としては、なんとなくまだ肛門付近に硬い便が出ないで残っている、すなわち便秘の状態が続 [… 続きを読む]

痛くて肛門が触れない!

今日は肛門の痛みが最高潮に達した。紙で拭けないのは当然のこと、薬を塗るために肛門を触ることすらできないぐらい痛くなってしまった。原因は下痢。今日はなぜかものすごい下痢で、ぜんぜん止まらないのだ。これほどの強烈な痛みは、ここ最近味わっていなかったかもしれない。いつもブログに書いているように、毎日かなり痛いのだが、この裂けるような強烈な痛みとはちょっと違う。 ただこれだけ痛いのに、涙がそんなに出なかったのは、やはりこの痛みが割りと前向きな要素を含んでいるものだからだと思う。一つは、この痛みと引き換えにけっこう便が出てくれたこと、そして痔の痛みであれば時間がかかっても治癒できるという希望があること、 [… 続きを読む]

散歩というよりリハビリ

正確な記録がないのでなんとも言えないが、もしかしたら最後に散歩したのは義母に引っ張り出してもらった8月6日かもしれない。だとすると、もうかれこれ3週間近く散歩していないことになる。とにかくベッドに横たわっている日々が長すぎた。体力が落ちているのもさることながら、せっかく良いくせがついていた散歩の日課が完全になくなってしまい、気力を保つことからまた始めなければならなくなってしまった。 今日の夕方、ようやく痛みが落ち着いてきたので、久しぶりに散歩に出ることにした。図書館で借りていた本が返却期限を過ぎていたので、それを返したいという気持ちがなんとか私の重い腰を上げたのだ。私の律儀な性格が役立った(^ [… 続きを読む]

痛みを前にするとつい麻薬に手が伸びてしまう・・・

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いきなり超グロテスクな写真で気分を悪くされた方はいないだろうか?少々心配だ(^^;)。これはアメリカで受けた大腸内視鏡検査のときの私の直腸がんの写真である。確かにこれだけ大きい腫瘍が管を塞いでいるのだから便も通りにくいはずである。 今日は昨日とは打って変わって、一日中痛みとの闘いであった・・・。朝11時に起床、ちょうど夜の11時に今日一日何をしたかと思い返してみたら、12時間も経ったというのに、散歩に1時間、昼食に1時間(ちなみに夕食は食欲がなくて食べられなかった) [… 続きを読む]