西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています
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大腸内視鏡検査、そしてガンの宣告

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2006年1月17日大腸内視鏡検査を受けた。話では、内視鏡自体はほとんど苦痛はなく、むしろその前に飲む下剤のほうがつらいと聞いていたので、安心して受けたが、実際はとんでもない苦痛であった!検査中あまりの痛さに私は泣き叫び、なんと3人の看護婦に押さえつけられたのである!!もちろん下剤もつらかった。アメリカの場合、日本と違い、自宅でジュースを飲みながら下剤を飲むのだが、もうまずいのなんのって、今でもあのときのホワイトグレープジュースを見るだけで吐き気がしてくる。恐らくもう二度とホワイトグレープジュースは飲めないであろう。

それにしてもアメリカは動きが速い。私が内視鏡検査終了後、瀕死の状態でベッドにうなだれていたところへ、もう写真付の検査結果及び医師のコメントが書かれた紙を持ってきた。そしてあっさりと「ガンです」と言われた。cancer という単語が聞こえたので、自分がガンらしいということは理解したのだが、あまりにも唐突で、しかも瀕死の状態だったので、「ああそうですか、ガンですか」ってな感じで、そのときはあまり実感が湧かなかった。さらにはアメリカで治療を続ける場合の医者までが引継ぎの挨拶に来た。医者にはアメリカで治療を続けるか、日本に帰国するか、とにかく至急決断したほうがいい、と言われた。とくに私の場合35歳という若さだったので、ガンの進行も早い。素人ながら直感でそう思った。だからすごく焦った。家に帰るとだんだん自分がガンであるという実感が湧いてきて、ものすごい恐怖を感じた。その日の夜は、自分の悲運を恨み、夫と泣いた。声を出して大泣きした。夫の涙を見たのは初めてだった。とてもうれしかった。ほんの少しだけガンに感謝した。

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Tags:大腸がん 記事投稿日:2006-01-17

続きの記事

(19) このブログについて
(20) 自覚症状が出始めていた時期の話
(21) 初めて痔を経験
(22) 大腸内視鏡を受けるまでの症状
(24) 待ちに待った検査結果
(25) 手術、そして最悪な結果へ

著者プロフィール

みづき
1970年東京生まれ、女性。既婚。子供はなし。米国シリコンバレーのIT企業のCFO、および日本のコンサルティング企業の役員としてそれぞれ在職中。2006年1月、米国西海岸(シリコンバレー)在住中に癌を告知され、急遽帰国しました。現在は東京・新富町(築地の近く)の自宅にて末期直腸癌(ステージⅣ)で闘病中です。
この写真は、2005年12月8日、サンフランシスコのお世話になっている弁護士事務所のクリスマスパーティに出席したときのもの。これが最後の飲み会でした・・・。お酒をこよなく愛した私も、お正月以来一滴も口にしていません・・・。また飲める日が来ると信じてがんばります!