西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています
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待ちに待った検査結果

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今日は待ちに待った検査結果を聞きに行く日だ。いったいなんて言われるのだろう・・・天国か地獄か・・・。主人と母と私の3人でどきどきしながら診察室へ入った。

開口一番、先生は「肝臓と肺への転移はありませんでした。婦人科検診のほうも問題はありませんでした」と言った。一同ほっと胸をなでおろす。「しかし、右の卵巣が肥大化しているのが気になりますね。卵巣はとることになるでしょう。子宮はわかりませんが、子供を産む可能性はあるんですか?」「いえ、ありません」「そうですか、じゃあ場合によってはとるかもしれません」「はい、けっこうです」「問題の人工肛門についてですが・・・たぶんならなくてすむと思いますよ。実際あけて見ないと分かりませんけどね」「はー、それだけはなるべく避けるようにぜひお願いします。で、先生、結局のところステージはいくつなのでしょうか?」「ステージ2か3でしょうね。1の可能性も否定はできませんがその可能性は低いと思います。」「そうですか」「ですので、手術してとってしまえば、5年生存率は2の場合は80%、3の場合は70%ですから安心してください。とにかく希望を持って安心して大丈夫ですよ」「ありがとうございます。それでは手術よろしくお願いします」

なーんだ、ガン=死と思って一時は落ちこんだけど、ぜんぜん大丈夫なんじゃーん。3人ともほっとして、病院を出た。まさに気分はジェットコースターだ。アメリカでガンと分かってどん底に落ち、でも日本に帰ってきてからいろいろリサーチをしてみると、大腸ガンは今やさほど恐れる必要のないガンだということが分かり気分も楽になり、さらに検査結果でステージ2か3と聞いて、ますます希望が沸いてきた。手術さえすれば治る。そう確信できた日であった。

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続きの記事

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(26) 余命1年の宣告
(29) バリアフリーの必要性を痛感
(30) 食事開始、一般病棟へ
(33) 下手に痛いなどと言うべからず
(31) 神経性頻尿

著者プロフィール

みづき
1970年東京生まれ、女性。既婚。子供はなし。米国シリコンバレーのIT企業のCFO、および日本のコンサルティング企業の役員としてそれぞれ在職中。2006年1月、米国西海岸(シリコンバレー)在住中に癌を告知され、急遽帰国しました。現在は東京・新富町(築地の近く)の自宅にて末期直腸癌(ステージⅣ)で闘病中です。
この写真は、2005年12月8日、サンフランシスコのお世話になっている弁護士事務所のクリスマスパーティに出席したときのもの。これが最後の飲み会でした・・・。お酒をこよなく愛した私も、お正月以来一滴も口にしていません・・・。また飲める日が来ると信じてがんばります!