西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています
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ボルタレンを初めて飲んだ日

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予想通り今日もつらいつらい試練の一日であった。昨日の夜も痛くて苦しくてほとんど寝られなかった。朝の散歩にはとりあえず出たものの、すぐに苦しくなって家に帰ってきた。トイレで踏ん張ったが出なかった。

朝ごはんを食べ、お風呂に入り、エネマの準備。ここまではまあまあ落ち着いた時間を過ごしていたが、ここからがまさに死闘であった。便が詰まっているためか、エネマの液もほとんど入らない。当然便意はあるので力むが、どんなに力んでもほんの少ししか出ない。トイレに1時間こもっていたので、気力も体力も消耗しきってしまった・・・。

ここまではまったく昨日と同じパターンだったので、今日は迷わずボルタレンを飲んだ。ボルタレンが効くまでの1時間、昨日ほど号泣はしなかったものの、やはり痛くて涙が出た。恐らくすでにこうなることを昨日のうちに予想していたので、精神的ショックが少なかったためであろう。

この時点でもうお昼過ぎの午後1時。とても昼食をとる気になれない。痛みがようやく引いてきて、なんとか歩けるぐらいに回復したので、次なる問題に取り組むことにした。いちじく浣腸だ。さすがの私もここまで出ないと焦りと不安が出てきた。とにかく早く便を出さないと大変なことになる。

それにしても私も成長したものだ。半年前はいちじく浣腸をするのも大変だった。その日に浣腸すると決めるまで、精神的に乗り越えるのがまず大変だったということ、そして実際液を注入するのも肛門が痛くて一苦労だった。ところが今はどうだろう。コーヒーエネマをやり慣れているせいか、注入の量にしろ、入れる管にしろ、朝飯前というぐらいに簡単なものになっていた。というわけで、なんなく浣腸液は注入できたのだが、注入後の我慢ができなくて、結局すぐに排出してしまった。つまり失敗に終わったのだ。失敗したからにはもう痛み止めは飲めないし、あまり無駄に力まないようにしたので、さきほどの激痛は避けられたが、それでもやはり痛みは襲ってきた。せっかくボルタレンが効いて少し痛みから解放されていたのに、また逆戻りだ。しかし今回は30分ぐらいで痛みが引いた。

この時点で3時半。さすがにお昼何も食べていないのでおなかがすいてきた。死闘のご苦労さんの意味もこめて、今日はお昼ご飯を抜く代わりに、おやつを食べることにした。甘栗と玄米せんべいとアーモンドを食べた。そして極めつけに玄米よもぎもちを2個。結局昼食ぐらいの量を食べることになってしまった・・・(^^;)。

痛みが治まり落ち着きを取り戻したものの、便が出ていない状態には変わりない。こうして時間だけが過ぎていく。時間が経てばそれだけまた便が硬くなってしまう。なんとかしなければ!昨日の夜はプルゼニド(下剤)を飲んだ。今朝はエネマもやった。そして夕方いちじく浣腸もやった。やれることはすべてやったのにことごとく失敗に終わり、手詰まり感があって悩んだ。

そのとき主人がアメリカの下剤を飲んだらどうかと提案してきた。アメリカで大腸内視鏡検査をするのに使った下剤だ。もう二度とあのまずい下剤は飲むまいと誓っていたのに、まさかこんなに早く飲まなければいけない日がくるなんて!!でももう他に選択肢はなかった。私は覚悟した。ただ、内視鏡検査を受けるわけではないので、マックス飲む必要はない。説明書を読むと、検査のために飲む場合の3分の1の量でいいとのことだ。

下剤を飲むことを決断し、それにむかって精神を落ち着かせているときだった。おならが出そうになったのでトイレにいった。なぜなら、今日あたりから少しカマが効いてきたのか、また一時期のように、おならだけが出なくなってしまい、おならと一緒にほんの少量の便が出るようになってしまったからだ。そしたらなんと、おならを出そうとちょっとだけおなかに力を入れたところ、するっと親指大の便が3つ出たのだ!やったああああああ!!!!!思わずトイレから出て、主人にすぐにVサインで報告してしまった。

この時点で夜6時。そんなわけで、とりあえず下剤を飲むことは中止し、もうしばらく様子を見てみることにした。結局その後今まで便は出ていないし、3日間ほとんど出ていないことから考えれば、こんな親指大の便が3つ出たぐらいでは到底足りないのだが、それでも最悪の状態からは回避できた気がしたので、明日に望みをつなぐことにした。

こうしてほぼ丸一日にわたって死闘を繰り広げた疲れと、とりあえずの安堵感からベッドで一休みすることにした。眠りはしなかったが、うとうとしながら2時間ベッドで横になっていたおかげで、疲れはとれたようだ。まだ問題は解決していないので不安はあるが、ほんの少しだけ光明が見えてきたのでそれを信じることにしよう。どうか明日は便秘から解放されますように!!

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著者プロフィール

みづき
1970年東京生まれ、女性。既婚。子供はなし。米国シリコンバレーのIT企業のCFO、および日本のコンサルティング企業の役員としてそれぞれ在職中。2006年1月、米国西海岸(シリコンバレー)在住中に癌を告知され、急遽帰国しました。現在は東京・新富町(築地の近く)の自宅にて末期直腸癌(ステージⅣ)で闘病中です。
この写真は、2005年12月8日、サンフランシスコのお世話になっている弁護士事務所のクリスマスパーティに出席したときのもの。これが最後の飲み会でした・・・。お酒をこよなく愛した私も、お正月以来一滴も口にしていません・・・。また飲める日が来ると信じてがんばります!