西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています
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サイモントン療法ー死生観ー

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今日はサイモントン療法の日。いつものように主人と母の3人で行った。しかし、行くまでが大変だった。出かける直前に便が出てしまい、痛くて痛くて、キャンセルしようと思ったほどだった。外出直前の5分間でおしりを急遽湯たんぽで温め、なんとか出かけることができたが、築地の駅ではあまりの痛さに涙が出てきた。ただピークは過ぎてくれたようで、その後も痛いのは痛かったが、治療に支障が出るほどではなく、帰りはあえて銀座で降り、歩いて家へ帰れるぐらい元気になった。でもやっぱり家に着いてから緊張がほぐれたのか、またまた痛くなり、ロキソを飲んで痛みを抑えるしかなかった・・・。

今日のサイモントン療法は死生観についてであった。臨死体験をした人の話などを聞いた。それによると、臨死体験をした人は数多くいるそうで、どの人も口をそろえて言うことは「死後の世界は苦痛もなく、それはそれは心地の良いところ」だそうだ。ある人は、臨死体験の後、意識が戻って現実の世界に帰ってきたわけだが、そのときに「ああ、戻って来ちゃった。あんなに気持ちのいいところだったのに」と言ったそうだ。だからといってせっかくこの世に戻ってきたのだから今すぐに死にたいとは思わないが、でも死後の世界は心地の良いところなので、死ぬこと自体はまったく怖くないそうだ。むしろ怖いのは、死ぬまでの苦痛を伴うこの現実世界をどう生きていくか、ということだそうだ。

確かにそうかもしれない。私もガンを宣告されたとき、死ぬこと自体はまったく怖くなかった。35年間でちょっと人より短い人生だったかもしれないけど、それなりに幸せだったし、それに自分としてはやり残したことなどもなく、十分満足のいく人生を送れたという気持ちで一杯だったから。だから普通の人が思うほど「死にたくない!!」という感情はあまりなかった。では何を恐れたかというと、ガンによって死んでいくときの苦痛に対してだ。今は多少は勉強して、現在の医療では「緩和ケア」が進んでおり、苦痛をかなり軽減することが可能だと分かったので、ガンを宣告された当時に抱いていたほどの恐れはないが、当時はガンと言ったら”最後はベッドに縛り付けられて、痛みに苦しみながら死んでいく・・・”というイメージがあったので、自分もそうなるのかと、それが怖くて怖くてしかたなかった。

それにしても、ガンになる前の私だったら、臨死体験とか、こういう話はまったく信じなかったであろう。基本的に目に見えないものは信じないという性格であった。でも、今の私はすごく信じられる。自然療法などを勉強した結果、まだまだこの世界には科学で裏付けされていない現象がいっぱいあって、進んだ進んだといっても、本当のこの世の中にある現象や事実から見れば、今の科学などまだまだ原始時代ぐらいのものなのかもしれない。宇宙のことを研究しだしたら、もっとそういう気持ちになると思う。何千億年という単位で物事を考える宇宙において、今私たちが生きているほんの数千年など、ほんの一瞬の出来事なのだから。話が少々ずれたが、とにかく私は自然の力の脅威を最近感じている。だからびわの葉にもすぐれた力があると思うし、人間の治癒力も予想以上に大きな力を持っていると思っている。そう信じて、今、毎日を生きている。

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著者プロフィール

みづき
1970年東京生まれ、女性。既婚。子供はなし。米国シリコンバレーのIT企業のCFO、および日本のコンサルティング企業の役員としてそれぞれ在職中。2006年1月、米国西海岸(シリコンバレー)在住中に癌を告知され、急遽帰国しました。現在は東京・新富町(築地の近く)の自宅にて末期直腸癌(ステージⅣ)で闘病中です。
この写真は、2005年12月8日、サンフランシスコのお世話になっている弁護士事務所のクリスマスパーティに出席したときのもの。これが最後の飲み会でした・・・。お酒をこよなく愛した私も、お正月以来一滴も口にしていません・・・。また飲める日が来ると信じてがんばります!