西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています
総アクセス数:14,835,668
50

もう手術したくない!

次の記事 | 目次
実は今日は私の36歳のバースデー。友達からおめでとうメールをたくさんもらった。お花も届いた。その中にな・なんと主人からのお花もあった!びっくり!結婚前はお互いにプレゼントしあっていたのだけど、結婚してからはプレゼントはなく、素敵なレストランでお食事、というのが定番になっていたのだ。それが結婚後はじめて主人からプレゼントをもらった。しかも素敵な花瓶付で。すごくうれしかった。これもガンに感謝かな。

サイモントン療法の中でも”ガンになって受けた恩恵を列挙せよ”というメニューがあるが、けっこうこう考えてみるとガンになって受けた恩恵というものがたくさんある。このブログを書いていても「ガンに感謝かな」という言葉が頻繁に出てくる。

とにかく今年もらった友人からのお祝いのメッセージやお花は、格別にうれしかった。家族や友人の愛を一杯受けられている私は本当に幸せ者だ。

誕生日だったので前置きが長くなってしまった。話をガン治療の話に戻そう。抗ガン剤投与を3月終わりから開始する予定で話が進められていた。私の抗ガン剤の場合、48時間の点滴が必要で、そのためのポートを埋め込む手術が必要であった。ポートというのは、細いチューブ管で、鎖骨のあたりに埋め込み、それによって自宅にいながらにして点滴ができるというメリットがあった。手術といっても15分くらいで終わる簡単な手術だそうだ。抗ガン剤投与のためには必須だと思っていたので、特に深く考えていなかった。ただただ、手術をするのはいやだなあということしか頭になかった。

ポートを入れたくないという気持ちは日増しに強くなっていった。なんとなく直感的にそう思った。ポートのメリットは、自宅で抗ガン剤注入できるので仕事もできるし家事もできる。またいちいち2泊3日の入院をする必要もない、ということだが、よく考えてみたら、私にとってはそれらはメリットでもなんでもなかった。私は仕事も家事もする必要がないし、入院費用も問題なければ、距離的にも簡単に入院可能だ。よってそんなことだけのために手術をすることのほうがよっぽどデメリットだったのだ。

こうして手術したくないという気持ちが強くなると同時に、他に選択肢は本当にないのかという疑念が沸いてきた。だって、私の場合、副作用が強かったらすぐに抗ガン剤は中止しようと考えているので、手術しても1回で無駄になるかもしれないのだ。そしてポートが不要になった場合は、またそれを抜く手術を受けなくてはならない。つまりいくら簡単とはいえ、2回の手術を受けなければいけないのだ。それにポート式になったのは最近の話で、昔は当然点滴で入れていたはずだ。ということは、今でも点滴でやろうと思えばやれるのではないか?そう考え、すぐにがんセンターの主治医に電話した。しかし先生の答えは「うちでは入院による点滴での投与はやっていません」。でも他の病院でやりたいなら、紹介状は書いてあげますと快く言ってくれた。がんセンターのいいところは、けっこうさばさばしているところである。セカンドオピニオンとかも快く対応してくれるし、そういうところは私の性格にマッチしている。ただ、問題はガンの研究にしか興味がなく、自分たちが日本で一番と思っているので、時々それが患者の希望を個別に聞いてくれないといった対応の悪さにもつながっているのだ。

とにかくがんセンターではできないと分かったので、別の病院を探さなければならなかった。そしてのちに、この直感に従って行動したことが私にとって良い結果をもたらしたのである。

続きの記事へ
旧コメント | 目次
記事投稿日:
タグキーワード(AIで自動作成しています)
記事公開当時のコメントは上記「旧コメント」から御覧ください。新たなこの記事のご感想やコメントはTwitterハッシュタグ「みづきの記録」もしくは、フェイスブックのコメントへお寄せください。

続きの記事

(52) がんセンターから聖路加へバトンタッチ
(54) とうとう抗ガン剤投与開始!
(51) ユニークなクリニック
(53) 痛みのメカニズム
(55) ガン仲間のお見舞いでがんセンターへ
(56) またもやマッサージに救われた

著者プロフィール

みづき
1970年東京生まれ、女性。既婚。子供はなし。米国シリコンバレーのIT企業のCFO、および日本のコンサルティング企業の役員としてそれぞれ在職中。2006年1月、米国西海岸(シリコンバレー)在住中に癌を告知され、急遽帰国しました。現在は東京・新富町(築地の近く)の自宅にて末期直腸癌(ステージⅣ)で闘病中です。
この写真は、2005年12月8日、サンフランシスコのお世話になっている弁護士事務所のクリスマスパーティに出席したときのもの。これが最後の飲み会でした・・・。お酒をこよなく愛した私も、お正月以来一滴も口にしていません・・・。また飲める日が来ると信じてがんばります!