西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています
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ステント留置したものの結果が思わしくなく・・・

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おとといに、私としては死ぬ覚悟でステント留置に挑み、これでほっと一安心と思っていたのですが、本日の血液検査でクレアチニンの値がさらに悪化していること、および、尿量に改善が見られない事から、せっかく入れたステントがまったく機能していない事が分かりました。で結局、一番恐れていた腎ろう造設を避けられない事態となってきました。病院側の都合もいろいろありますからしょうがないのでしょうけど、今朝の血液検査の結果を報告するその場で、今日の午後に腎ろうの処置を行うと言われたものですから、これまた私としては拒絶反応を起こしてしまい、絶対に今日の処置はしないと言い切ってしまいました。そのやりとりをしていたのが、午前11時ぐらいの事でした。

月曜日に腎ろうの処置をするとしても、今日中にCT検査だけは撮っておいて欲しいと泌尿器科の先生に言われましたので、午後2時に検査を受けました。そして、そのCTの検査結果を担当の先生が夕方5時に持って病室に来ました。CT検査の結果は散々たるものでした。水腎症はさらに悪化しており、胸水も右はさる事ながら無事だった左肺までも溜まっており、ステントも希望した位置には入っていませんでした。よって、さすがの私も気持ちが揺れ動きまして今日の処置をお願いできるかを聞いてみましたらタイムアウトでした。

という訳で現在の状況としましては、月曜日午後の腎ろう造設までのこの週末の二日間、急変する事無く過ごせることを祈るのみです。現在、尿量は何とか確保できているものの、確実に減ってきている感じがしますのでとても心配です。自分ですべて決めたことなので誰にも文句は言えないのですが、この「週末」というのがいつもながら厄介ですね。そして私もげんきんなもので、処置を受けることを決めたからには一刻も早く受けたいです。午前中に先生に勧められたときに決断していれば間に合ったのですが、夕方5時に腹をくくったので結局間に合いませんでした。

ところでステント留置についてですが、痛み止めなども最大限に使って挑んだのが功を奏したのか、想像していたものよりは楽でした。絶対に大泣きすると思って持参したマイタオルも使いませんでした。つまりこの私が泣かないで済む程度の処置だったのです。

寧ろ処置そのものよりも処置後の痛みの方が私には辛かったです。処置と言っても軽い手術ですから、当然術後の痛みというのが出て当たり前なのですが、処置ばかりに気を取られていて処置後については全くノーケアだったので余計にそう感じたのかも知れません。よって翌日は一日中痛くて痛くて全く起き上がれませんでした。ようやく二日目すなわち昨日から排尿時の尿道の痛みから解放されましたが、ステントが入っている部分についてはまだちょっと違和感および痛みがあります。

注:本日のブログは私の調子が悪くてキーボードを打つ気力が持てませんでしたので私が口で言ったものを主人が打ち込んでくれました。

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著者プロフィール

みづき
1970年東京生まれ、女性。既婚。子供はなし。米国シリコンバレーのIT企業のCFO、および日本のコンサルティング企業の役員としてそれぞれ在職中。2006年1月、米国西海岸(シリコンバレー)在住中に癌を告知され、急遽帰国しました。現在は東京・新富町(築地の近く)の自宅にて末期直腸癌(ステージⅣ)で闘病中です。
この写真は、2005年12月8日、サンフランシスコのお世話になっている弁護士事務所のクリスマスパーティに出席したときのもの。これが最後の飲み会でした・・・。お酒をこよなく愛した私も、お正月以来一滴も口にしていません・・・。また飲める日が来ると信じてがんばります!