ガンになってから私は掃除・洗濯以外の家事を一切やっていない。食事作りも食器洗いもすべて母と義母にやってもらっている。少しでも私の負担を減らし、時間を治療に有効に使えるようにと協力してくれているのだ。本当にありがたいことで、心から感謝しているし、ゆえに私もそのように作ってもらった貴重な時間を1分でも無駄にしないようにしているのだが、ご覧のとおり痛みのせいでなかなか散歩もできないし、ブログも満足に書けないような毎日である。さらにここのところやらなければいけない仕事もあって、普段以上に時間が足りない状況となっている。時間に余裕があれば洗い物ぐらいしてあげたいなとは思っているのだが、とにかく日々まったく時間に余裕がないのが実情なのである。
今日はこの週末2日分の食器がたまっていたのでいつもより洗い物の量が多かった。当然私もなるべく洗いやすいように水につけたり、ほとんどよごれがなくさっと水洗いで済むような場合はその場で洗ったりして少しでも洗い物を減らすように努力はしているのだが、さすがに2日分たまっていたので水にうまくつかっていない食器があったようだ。さらに悪いことにそれが主人のお弁当箱だったので、このぽかぽか陽気で悪臭をはなっていたのだ。そこで母が「洗い物ぐらいたまにしてくれると助かるんだけどねえ」と私に言ったのだ。母がそう言いたくなるのは当然で、いつもの私であれば「そうね、ごめんね、できなくて」という感じで済むはずなのだが、今日の私は変だった。その言葉に強烈に反応してしまい、急に泣き出して「そんな時間があったらとっくにやってるよ!」と母に当たってしまったのだ(反省(^^;)。自分でも明らかに母に当たるのはお門違いだと頭では分かっていたのだが、身体が言うことを聞かず、勝手に言葉と涙が出てきてしまったのだ。
5分ぐらい私は悲しみと興奮で泣いていたが、しばらくしてようやく落ち着いてきた。そしてなぜあんなことを言ってしまったのだろうという反省とともに、なぜあんなふうになってしまったのだろうと考え始めた。答えは明瞭で、毎日やりたいこと(=やるべきこと)があるのに時間がなくてできないというストレスがある上に、さらに時間を使わなければならないことを要求されたからだ。せっかく暖かい季節になって散歩には最高の時期になったというのになかなか散歩できない、ブログも毎日書きたいのに時間がなくて書けない、スーパーに買い物に行きたいのに行けない、気功もやりたいとずっと前から思っているのに未だにできていない・・・。とにかく時間がないことでやりたいことができないのが最大のストレスになっている。しかしこのようなストレスなどはずっと前からあったことである。ではなぜ急にストレスが増えたのか?ということを考えたら、どうやら仕事が原因のようである。私が今までやっていた仕事はほとんど主人に引き継いだので今は仕事はほぼない状態なのだが、唯一アメリカのほうの仕事で私でなければどうしてもできないものがあり、その仕事は一種の季節労働的なものでちょうど毎年この時期に発生するのである。よってさらに時間がなくなってしまったのでインテリアを考えることもできなくなってしまった・・・。今日は比較的調子が良かったので本当は散歩に出たかったのだが、仕事があったので散歩にも出られなかった。先日は痛くて寝ていたかったのに、お客さんにメールしなくてはいけなかったので痛い痛いと言いながら仕事をしていた。ここ最近の仕事によって引き起こされる諸々の事が私にかなりのストレスを与えていたようだ。
しかしこのぐらいのストレスは乗り越えなければいけないものだと思っている。というのも、すでに私は家事をやってもらったり、仕事だってしないで生活させてもらっているので、これ以上甘えるのは行き過ぎだと思うからである。世の中、自分で治療費を稼がないといけない人、家事も自分でしなければいけない人はたくさんいる。それに実際問題、お客さんに対しても会社に対しても責任というものがあるので、仕事したくないからしないというわけにはいかない。だからこのぐらいのストレスは甘んじて受け入れ、自分で何とかマネジメントしていかねばなるまい。
今日はこの週末2日分の食器がたまっていたのでいつもより洗い物の量が多かった。当然私もなるべく洗いやすいように水につけたり、ほとんどよごれがなくさっと水洗いで済むような場合はその場で洗ったりして少しでも洗い物を減らすように努力はしているのだが、さすがに2日分たまっていたので水にうまくつかっていない食器があったようだ。さらに悪いことにそれが主人のお弁当箱だったので、このぽかぽか陽気で悪臭をはなっていたのだ。そこで母が「洗い物ぐらいたまにしてくれると助かるんだけどねえ」と私に言ったのだ。母がそう言いたくなるのは当然で、いつもの私であれば「そうね、ごめんね、できなくて」という感じで済むはずなのだが、今日の私は変だった。その言葉に強烈に反応してしまい、急に泣き出して「そんな時間があったらとっくにやってるよ!」と母に当たってしまったのだ(反省(^^;)。自分でも明らかに母に当たるのはお門違いだと頭では分かっていたのだが、身体が言うことを聞かず、勝手に言葉と涙が出てきてしまったのだ。
5分ぐらい私は悲しみと興奮で泣いていたが、しばらくしてようやく落ち着いてきた。そしてなぜあんなことを言ってしまったのだろうという反省とともに、なぜあんなふうになってしまったのだろうと考え始めた。答えは明瞭で、毎日やりたいこと(=やるべきこと)があるのに時間がなくてできないというストレスがある上に、さらに時間を使わなければならないことを要求されたからだ。せっかく暖かい季節になって散歩には最高の時期になったというのになかなか散歩できない、ブログも毎日書きたいのに時間がなくて書けない、スーパーに買い物に行きたいのに行けない、気功もやりたいとずっと前から思っているのに未だにできていない・・・。とにかく時間がないことでやりたいことができないのが最大のストレスになっている。しかしこのようなストレスなどはずっと前からあったことである。ではなぜ急にストレスが増えたのか?ということを考えたら、どうやら仕事が原因のようである。私が今までやっていた仕事はほとんど主人に引き継いだので今は仕事はほぼない状態なのだが、唯一アメリカのほうの仕事で私でなければどうしてもできないものがあり、その仕事は一種の季節労働的なものでちょうど毎年この時期に発生するのである。よってさらに時間がなくなってしまったのでインテリアを考えることもできなくなってしまった・・・。今日は比較的調子が良かったので本当は散歩に出たかったのだが、仕事があったので散歩にも出られなかった。先日は痛くて寝ていたかったのに、お客さんにメールしなくてはいけなかったので痛い痛いと言いながら仕事をしていた。ここ最近の仕事によって引き起こされる諸々の事が私にかなりのストレスを与えていたようだ。
しかしこのぐらいのストレスは乗り越えなければいけないものだと思っている。というのも、すでに私は家事をやってもらったり、仕事だってしないで生活させてもらっているので、これ以上甘えるのは行き過ぎだと思うからである。世の中、自分で治療費を稼がないといけない人、家事も自分でしなければいけない人はたくさんいる。それに実際問題、お客さんに対しても会社に対しても責任というものがあるので、仕事したくないからしないというわけにはいかない。だからこのぐらいのストレスは甘んじて受け入れ、自分で何とかマネジメントしていかねばなるまい。
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