西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています
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みなさんすごいです!おかげでさらにもう1m登れました\(^^)/

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<写真の説明>カリフォルニア在住の友人がたくさん持ってきてくれて写真に納まりきれないので、とりあえずその中からほおずきとワインを掲載。こんなに大きなほおずきを見たのは初めてでびっくり!ワインはもちろんカリフォルニアワイン。私はカリフォルニアの香りだけ堪能して、ワインは主人と母へということで(笑)。

先日の友人同様、子供たちを日本の学校に体験入学させるために一時帰国中のカリフォルニア在住の友人が、たくさんのプレゼントを持って私に会いに来てくれた。それにしても彼女は本当に心優しい人だなあと改めて感じた。せっかくこんなにたくさんのお土産を持って会いに来てくれたというのに、私のことを気遣って、ほとんど話さずすぐに帰ってしまった。私も久しぶりに会っていろいろと話したいこともあったので、「痛みのほうは大丈夫だから気にしないで」と何度も彼女に言ったのだが、「いいよいいよ、もう顔見て安心したから帰る」といってきかない。「じゃあ10分だけとにかく座って話そうよ」と言ってようやく座ってもらうことに成功したが、結局10分も経たないうちに彼女は腰を上げて本当に帰ってしまった(笑)。彼女も自分で言っていたが、本当に台風のような訪問であった(^^)。

注:まさかそんな風に思う人はいないとは思うが、最近必要以上に慎重になっている私なので、念のため友人たちに言っておく。何も私はすぐに帰ってくれるほうがいいと言っているのではないので誤解のなきよう(^^)。たまたま彼女の気遣い方がそうだったというだけで、実際私も彼女とはさすがにもう少しゆっくりお話したかったので、ぜひゆっくりしていって欲しい。それに私の性格上、みんなも分かってくれていると思うが、痛くて苦しかったらちゃんと我慢せずにそう言うのでお気遣いなく(^^)。

それでは今日の本題に入ろう。それにしてもみなさんは本当にすごい!やっぱりブログにボランティアのことを書いてよかった!!すべてのコメントに教えられた。私一人ではいくら考えてもこのような考えは出てこなかったであろう。みなさんのおかげでさらに1m進むことができた。コメントくださった方全員に心から感謝を述べたい。

というわけで今日のブログは、コメントを引用しつつ私の考えを記事にしたいと思う。前もって言っておくが、コメントへの返信が目的ではなく、記事を書くことが目的なので、全員のコメントを取り上げることはできないことをご了承願いたい。

まずかんなさんのコメントだが、仕事を通じてお給料をあげると書いたことに関して、私はこのような意見がくることは予想していた。ただ金銭援助をするよりは、そのほうが長期的に見て彼らのためになると思って私だったらこうすると書いたのだが、私の説明不足でうまく伝わらなかったのだと思う。予想できていたのなら対策を採ればよかったのだが、最大の理由は時間がなかったこと、そしてよい言葉が見つからなかったこともあってあれ以上書くことができなかった。そしたらさすがである。ありがたいことに以下の方たちが不足部分をうまく説明してくださっているので、彼らの言葉を借りたいと思う。

Ainさん・・・そのように海外旅行などの外国人からお金をもらう事によって、働けるのにそれに頼って働かなくなってしまったという、地域があることも聞いたことがあります。

しふりんさん・・・僕があなたにしてほしいのは、ただお金を上げることではない。多くの子どもたちは、外国人からお金をもらうことになれると、自分で努力することをやめてしまう。それでは、いつまでも彼らの状況は変わらないんだ。

ぴぃさん・・・本当に大事なのは、彼ら・彼女らが自立して自活できるようになることでしょ。求められるのは、そのためのサポートでしょ。

非公開でいただいたコメント・・・金銭をとりあえず与えて、その場しのぎの幸せを見せるのは良くないと聞きました。それよりも地域全体に技術や知識を提供し、生活レベルの底上げをすることのほうが、どんなにか大きな力があると。

yasさん・・・その場しのぎではなく、やはり、根本、です。

そう、まさに私がしたいと思っているのは、彼らが自立するためのサポート、根本の改善のためのサポートなのである。ただただお金をあげるだけでは、努力することをしなくなるし、お金が切れたときに彼らには何も残らない。だから私はただお金をあげるのではなく、努力をしない人を排除するのと同時に、仕事を通じて彼らに知識や技術を提供することが重要だと思ったのだ。食べ物もただ食料をあげるのではなく、土地環境が許せば、やはり農業を指導することや農耕機械を援助することで、彼らが自分たちで食べていける環境づくりが重要だと思うのだ。

病気で働けない人もいるだろうから、もちろんこれがベストの考えで、ボランティアのすべてだとは思わない。そういう人々に対しては医療や医薬品の提供など別の協力が必要となってくるであろう。よってボランティアと一言でまとめて一つの正解を見つけ出すことは不可能だと思う。従ってこのブログではとりあえず「私が行おうと思っている協力」として考えないとまとまる意見もまとまらなくなってしまうのでそのように考えていきたいと思うが、私が感じているのは、貧しい国々の人を見ると、健康で働きたくても仕事がない、または仕事があっても驚くほど低賃金でこきつかわれているということに問題を感じている(この前見たTVのアフリカの少年もそうだった)。従って私はまずそういうまじめな人たちに手を差しのべたいと思っている。ゆえに彼らに労働をさせることが目的なのではないからこそ採算度外視で給料を渡し、まずは彼らを一刻も早く貧困から救ってあげたいのである。ちなみに貧困問題を語るとき、わが日本も含む先進国の富裕層が目の敵にされることが多いが、くるまえびさんもおっしゃっていたが、私はその国の政府に問題があると思っている。

ところで「あの場で酒井さんが少女にお金をあげたらどうなるか」ということについての心配があったが、もちろんそんなことしたら少女があの場所で今後生きにくくなるのは目に見えているので、そうするつもりなど毛頭ない。私があのように書いたのは、実際に1万円をあげるべきだということではなく、単なるたとえであって、とりあえずそうやって自分にもできることがあるのではないかということが言いたかっただけなのである。しかし当然あの場でお金を渡さないにしても、こっそりと渡すことについてはどうなのか、ということについては、正直私もまだ考えがまとまっていない。金銭的な援助についてはコメント欄でも賛否両論あり、どちらかというと、その場しのぎでしかないから渡すべきではないという意見が大勢を占めていた気がするが、非公開コメントでこのような意見を頂戴した。「今、具体的な手を出さないと死んでしまうギリギリの状況。。。根本的だの祈りだの言ってる間に死んでしまう。日本の貧乏などとはレベルが違う。だから実際、縁あった人にはお金とか薬とかあげていく」という意見だ。

どちらの意見もなるほどなと思うところがあり、つくづくこの問題の奥の深さ、難しさを感じた。私はなんと難しいテーマを軽い気持ちでブログで取り上げてしまったのかと、自分の浅はかさを少し後悔している(^^;)。しかし、みなさんからいただいたコメントのおかげで、なんとなく自分の方向性が見えてきた。そして現時点では、私はこのように考えている。つまり、あくまでも根本を改善するためのサポートを長期的にはしていくことであり、ただその一方で短期的というかまさにその場においては、自分のできる範囲で基本的にはやはり物質的、金銭的、労働によるものとなると思うが、とにかく1日でも長く、1日でも楽に暮らせるような援助をするほうがよいのではないかと。しかしそうするときには必ず何らかの言葉を添えて提供することが重要で、そして何よりも一番大事なのは、相手にとって何が一番かということを考えることであると。私はこのように考えている。

それにしても多くの方がそうだったのではないかと思うが、tararikoさんのコメントは非常に考えさせられるお話であった。常にボランティアについて語るときは「偽善」という言葉がセットになる。人の感情ほど難しいものはないので、私はこれについての解決法は一生見つからないと個人的には思っている。「真の善行というものは、誰にも知られずに行うものである」とtararikoさんが書いていたが、私もそのとおりだと思う。しかし同時に、これにも落とし穴があるなと思ったのは、受け手によっては真の善行でさえ偽善ととられる場合があるということである。よってこの一文でさえ、考えようによってはいろいろな解釈・意見が出てくると思うが、ただしtararikoさんがこの文を持ち出して私たちに訴えかけたかったのは、口でああだこうだ言わなくたって、あきらかに手助けしているといった態度で示さなくたって、その人のためになると思って知らずのうちにやることが真の善行だということではないかと思っている。

この真の善行の対照的なものに著名人や企業の寄付などがあると思うが、私もこれらは偽善的な要素が強く、今まであまり好きでなかった。しかし最近思うのは、たとえ偽善でも何もしないよりはずっとましだということである。特にアメリカでは寄付行為をしないとセレブとは認められないという風潮が強いので、必ず有名な人たちや一流企業はパフォーマンスとして多額の寄付をしたりするが、でもそれで実際に多くの人たちが助かっているのは事実だから、日本のようにあまり寄付行為が盛んでない国よりもましかなと思っている。

しかしそうはいっても、先のtararikoさんの言っていた「偽善だったらかえってやってもらわないほうがまし」と感じる人もいると思うので、これもまた一概にやらないよりはましとも言えないかもしれない。とにかく人間の感情が関わるところは難しい。

最後に私の至らないところとして、ぴぃさんから「今回はお金の話に終始してて、心が貧しいっていうより殺伐としたものを感じたわ。なんか、潤いがないっていうのかしら。それが読み手の気持ちをザラつかせるのね、きっと。でも、それは今回に限ったことじゃないのよね。」と指摘があったが、まさにその通りだと思った。私もお金だけがすべてではないと当然思っているのだが、こうやって例として必ずお金を一番にもってくるところが、やはり私の中でまだお金が一番という気持ちがあるからなのであろう。ここをクリアーできなければ10mのハードルを飛び越えられないであろう。

このように私にはまだまだたくさん学ばなければいけないことがある。そして直していかなければいけないところがある。しかし今回一つ胸をはれることがあるのは、有言実行したことである。2人の方が実際にやられていたが、私もそれを見習って早速国境なき医師団への寄付を開始した。ネットでクレジットカード引き落としが可能であったので、ますます便利になっていた。このブログを読んで一人でも多くの方が思うだけでなく実行に移してくれたら私も本望である。

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著者プロフィール

みづき
1970年東京生まれ、女性。既婚。子供はなし。米国シリコンバレーのIT企業のCFO、および日本のコンサルティング企業の役員としてそれぞれ在職中。2006年1月、米国西海岸(シリコンバレー)在住中に癌を告知され、急遽帰国しました。現在は東京・新富町(築地の近く)の自宅にて末期直腸癌(ステージⅣ)で闘病中です。
この写真は、2005年12月8日、サンフランシスコのお世話になっている弁護士事務所のクリスマスパーティに出席したときのもの。これが最後の飲み会でした・・・。お酒をこよなく愛した私も、お正月以来一滴も口にしていません・・・。また飲める日が来ると信じてがんばります!