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びわの苗木と運命を共に・・・

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前にも書いたが、退院直後はびわの葉、びわの葉と騒いでいた時期があり、確保が難しいなら自分で育ててしまえ!ということで、近所に生えていたびわの苗木を引っこ抜いてきて、写真のようにベランダで育て始めた。ところが、うまく引っこ抜いて根っこも持ってきたはずなのに、植木鉢に植えたとたん、シュンとしてしまったのだ。なんせ私にとっては初めて植物を育てる経験で、我が子を育てるかのごとくわくわくしてたので、シュンとしたびわの苗木を見て、私もシュンとしてしまった・・・。しかし、ほとんどすべての葉が下にだらーんと垂れ下がっている中、写真の中で、右側にぴーんと張っている葉が見えると思うが、唯一この葉だけは緑色で元気だった。他の葉は枯れて死に体同然だったが、この葉が生きている証だった・・・。

何年も前に購入した土だったので、土が古いのがいけないのかと思い、実家の庭から良い土を持ってきてもらい植え替えた。それでもいっこうに良くならない。一時はほとんど死にかけた状態で、2週間経っても復活の気配が一向になかったので、私はあきらめかけていた。しかもちょうどその頃、別の植物を植えるため土が必要になったので、かわいそうだけどこのびわを捨て、その土を利用しようとさえするところだった。しかし「まだ完全に死んでいるわけではないから、もう少しだけ待ってみたら?」という義母の鶴の一声で、私はもう少しだけ待ってみることにしたのだった。

すると、なんていうことだろう。毎日がんばれ、がんばれと声をかけながら一生懸命に水をあげて育てた効果が出たのか、ほんのちょっとだけ復活の兆しが見え始めたのだ!!枯れて完全に下に下がっていた葉が、ほんの少しだけ角度が上向きになったのを私は見逃さなかった!!と同時に、驚いたのは、私の体調も少し上向きになったのだ。まさに痛み止めを飲まないで過ごせていたあの時期だ。そのときから、私はなんとなく自分の人生をこのびわに見ているような感覚に陥った。だから、びわが元気になれば私も元気になれる!!!そう思って、今まで以上に一生懸命世話をした。しかし人生、そうはうまくいかない。またびわの葉が下向きになってきた。相変わらず右にぴーんとしている元気な葉だけは健在だったが、それ以外はまた元に戻ってしまった。すると、不思議なことに私の体調も下降していったのだ。痛みが激しくなってきたあの時期だ。

そして、実は3日前からまたびわの葉が少し上向きになった。それがこの写真だ。するとやはり私の痛みも軽くなってきた。まさに「穏やかな一日」と題したあの日から3日間、割と痛みが軽く過ごすことができている。これですっかり私の心はびわのとりこになり、まさにびわと運命を共にすることになったのだ。まだまだ完全にすべての葉が上にぴーんとするまでは時間がかかりそうだが、でもしっかり土に根付いた感じはあるので、もう死ぬことはないだろう。まさに私と同じ状況の感じがする。あのとき捨てなくて本当に良かった。やはりそう簡単にあきらめてはいけないのだ。しかも、ぴーんと張った一枚の葉があったのだからなおさらだ。そして人間も恐らく同じであろう。ほとんど死に体のような状態であっても、完全に死を迎えるまでは奇跡を信じて決してあきらめてはいけないのだ。

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それにしても、私は変わった。今まで家に花を飾ったことなど一度もなく(もらったりすればもちろん飾ったが、自分で買ったことは一度もない)、ましてや育てるなどしたことがなかった。それなのに今は写真のようにベランダでびわと花を育てている。そしてそれが実に楽しい。また友人からたくさん花を贈ってもらっているので、常に家の中にお花があるという幸せな状況だ。毎朝びわと花をチェックして、草木をいじっている自分に気づくと、あまりの変貌振りについ笑ってしまう。またもやガンのおかげで潤いのある生活になった。

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著者プロフィール

みづき
1970年東京生まれ、女性。既婚。子供はなし。米国シリコンバレーのIT企業のCFO、および日本のコンサルティング企業の役員としてそれぞれ在職中。2006年1月、米国西海岸(シリコンバレー)在住中に癌を告知され、急遽帰国しました。現在は東京・新富町(築地の近く)の自宅にて末期直腸癌(ステージⅣ)で闘病中です。
この写真は、2005年12月8日、サンフランシスコのお世話になっている弁護士事務所のクリスマスパーティに出席したときのもの。これが最後の飲み会でした・・・。お酒をこよなく愛した私も、お正月以来一滴も口にしていません・・・。また飲める日が来ると信じてがんばります!