今日の体調はまずまずであった。いつも便のあと激しい痛みが来ていたが、今日は少し痛みも軽くなったようだ。便をした後30分ぐらいは痛くて歩くのもやっとという感じだったが、その後は徐々に退いていき、おかげさまで今日もノーロキソ(痛み止めなし)!!これで4日間更新中。前回は3日間痛み止めなしで過ごした後、4日目で挫折、その後はけっこう頻繁に痛み止めを使用する生活になってしまったので、今のところ記録更新中。さあ、いつまでこの記録を更新することができるか・・。
さて、今日はガンの話から離れて、今日の朝の散歩中の話を書こうと思う。私が元気に散歩していると、目の前に親子が現れた。後ろ姿だったので顔は見なかったが、お母さんが子供を学校に送り出しているところだった。子供は女の子で、年齢は背格好からして小学4年生ぐらいだろうか。お母さんが「いってらっしゃい」と言うと女の子は振り返ることなく右手をあげて「いってきます」と言ってすたすた小走り気味に歩き出した。その走り方を見て私はすぐにその子がダウン症かなにかの子だと悟った。体型もそういう感じだった。私は、さぞかしお母さんは一人で送り出すのは心配でずっと娘を見送っているだろうなあと思い、後ろを振り返ると、予想に反してお母さんは背を向け、すでにかなり遠くへ行っていた。お母さんが見送っていないということは、彼女は一人で学校に問題なく行ける子なんだ、と思ったのだが、なんだか無性に彼女が心配で、学校に入るまで見守りたい衝動に駆られた。こうして約15分間の彼女の尾行が始まった・・・。
彼女は小走り気味に歩いていたが、突然ものすごくゆっくり歩いたりする。思わず私のほうのスピードのほうが早くて彼女を抜かしそうになってしまった。思いっきりゆっくり歩いて、彼女の後ろをぴったり歩くのも、子供をつけている不審者のように見えるだろうから(ただでさえそのように見える装いなので(^^;))少々戸惑ったが、そうこうしているうちにまた急にばたばたと走り出し、ほどよい距離感が保てた。10分ぐらい歩いた頃であろうか。彼女が頻繁に後ろを振り返るようになった。失礼な言い方かもしれないが、こういう子はすごく感情が豊かで勘がいいと聞く。だからもしかして私がつけていることを察知しているのでは?とちょっとびびったが、私の顔を見ることはなかったのでそうではなかったらしい。すると今度は彼女は突然「おはようございます」「おはようございます」と誰に向かって言うわけでもなく、独り言でつぶやきだした。するとその後に、横断歩道で子供の通行の安全確保のために黄色い旗を持っているボランティアのおじさんが彼女と顔見知りらしく「お!今日も元気だね。おはよう!」とめっちゃくちゃやさしい笑顔で彼女に挨拶した。彼女も元気に「おはようございます!」と言った。もしかしたらこのおじさんに言うために、前もって練習を始めたのかもしれない。なんてまじめないい子なのだろう。そしてそのすぐ後、目的地の小学校が見えてきた。彼女はうれしそうに走り出した。そして校門の前に立っていた先生にハイタッチして「おはようございます!」。先生もものすごくやさしい笑顔で彼女の背中をぽんと押し、「おはよう!!」。すばらしい光景だった。すごく心が洗われた。そうだよな、小学生って本来このぐらい純粋でかわいいものだよなあと思った。そして彼女が無事に学校に入り、自分の下駄箱のところへ行ったのを見届けて私の尾行は終了した。
学校を通り過ぎて散歩を続行しながら、思わず感動して涙がこぼれてきた。涙もろくなったのはガンのせい?それもあるかもしれないが、いや違う。やっぱり年をとったせいだと思う。昔から比較的涙もろかった私だが、最近特に涙もろくなった。年をとるということは、それだけ人生経験も豊かになるわけで、よって見聞きしたことと自分の経験が重なる頻度が若い頃より多くなるからであろう。でも涙もろいということはいいことだと思う。苦しい、痛いなどに対する涙はよくないが、喜び、感動、幸せの涙はウェルカムだ。
今日は、そんなわけで、朝のすがすがしい青空とともに、彼女のおかげでいつもの何十倍も散歩が充実したものとなった。
さて、今日はガンの話から離れて、今日の朝の散歩中の話を書こうと思う。私が元気に散歩していると、目の前に親子が現れた。後ろ姿だったので顔は見なかったが、お母さんが子供を学校に送り出しているところだった。子供は女の子で、年齢は背格好からして小学4年生ぐらいだろうか。お母さんが「いってらっしゃい」と言うと女の子は振り返ることなく右手をあげて「いってきます」と言ってすたすた小走り気味に歩き出した。その走り方を見て私はすぐにその子がダウン症かなにかの子だと悟った。体型もそういう感じだった。私は、さぞかしお母さんは一人で送り出すのは心配でずっと娘を見送っているだろうなあと思い、後ろを振り返ると、予想に反してお母さんは背を向け、すでにかなり遠くへ行っていた。お母さんが見送っていないということは、彼女は一人で学校に問題なく行ける子なんだ、と思ったのだが、なんだか無性に彼女が心配で、学校に入るまで見守りたい衝動に駆られた。こうして約15分間の彼女の尾行が始まった・・・。
彼女は小走り気味に歩いていたが、突然ものすごくゆっくり歩いたりする。思わず私のほうのスピードのほうが早くて彼女を抜かしそうになってしまった。思いっきりゆっくり歩いて、彼女の後ろをぴったり歩くのも、子供をつけている不審者のように見えるだろうから(ただでさえそのように見える装いなので(^^;))少々戸惑ったが、そうこうしているうちにまた急にばたばたと走り出し、ほどよい距離感が保てた。10分ぐらい歩いた頃であろうか。彼女が頻繁に後ろを振り返るようになった。失礼な言い方かもしれないが、こういう子はすごく感情が豊かで勘がいいと聞く。だからもしかして私がつけていることを察知しているのでは?とちょっとびびったが、私の顔を見ることはなかったのでそうではなかったらしい。すると今度は彼女は突然「おはようございます」「おはようございます」と誰に向かって言うわけでもなく、独り言でつぶやきだした。するとその後に、横断歩道で子供の通行の安全確保のために黄色い旗を持っているボランティアのおじさんが彼女と顔見知りらしく「お!今日も元気だね。おはよう!」とめっちゃくちゃやさしい笑顔で彼女に挨拶した。彼女も元気に「おはようございます!」と言った。もしかしたらこのおじさんに言うために、前もって練習を始めたのかもしれない。なんてまじめないい子なのだろう。そしてそのすぐ後、目的地の小学校が見えてきた。彼女はうれしそうに走り出した。そして校門の前に立っていた先生にハイタッチして「おはようございます!」。先生もものすごくやさしい笑顔で彼女の背中をぽんと押し、「おはよう!!」。すばらしい光景だった。すごく心が洗われた。そうだよな、小学生って本来このぐらい純粋でかわいいものだよなあと思った。そして彼女が無事に学校に入り、自分の下駄箱のところへ行ったのを見届けて私の尾行は終了した。
学校を通り過ぎて散歩を続行しながら、思わず感動して涙がこぼれてきた。涙もろくなったのはガンのせい?それもあるかもしれないが、いや違う。やっぱり年をとったせいだと思う。昔から比較的涙もろかった私だが、最近特に涙もろくなった。年をとるということは、それだけ人生経験も豊かになるわけで、よって見聞きしたことと自分の経験が重なる頻度が若い頃より多くなるからであろう。でも涙もろいということはいいことだと思う。苦しい、痛いなどに対する涙はよくないが、喜び、感動、幸せの涙はウェルカムだ。
今日は、そんなわけで、朝のすがすがしい青空とともに、彼女のおかげでいつもの何十倍も散歩が充実したものとなった。
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