西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています
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がん患者を社会から抹殺しないで欲しい

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<写真の説明>銀行時代の友人が贈ってくれた水の本。水は私も非常に興味を抱いているトピックなので、とてもうれしい!

先日私が受けた取材の主題は、がん患者が抱えるさまざまな問題の中でもとりわけ金銭的な問題に焦点を当てたものだった。取材中にジャーナリストのS氏から、他の患者さんのいろいろな話を聞いた。昨日は「貧乏人は死ねと言われているようなものだ」とある男性が言っていたという話を掲載したが、やはり同じく取材で別の患者さんから聞いた話ということで悲痛な叫びを聞いたので、代わって私がここで世間に訴えたいと思う。その悲痛な叫びとはタイトルに書いた「がん患者を社会から抹殺しないで欲しい」ということなのだが、これはどういう意味かというと、がん患者というだけで仕事を奪わないで欲しいということである。私はガンになったとき会社勤めをしていなかったので、S氏から聞くまでは、がん患者が抱える問題点としてこういうことがあるということは分からなかった。その男性患者さんはガンになったと会社に伝えたところ、急に会社の態度が変わって最終的に居づらくなって会社を辞めることになったそうで、S氏に「自分がガンになって一番つらかったのは、仕事を奪われ、社会から抹殺されたことだ」と言っていたそうである。私はこれには精神的と肉体的の2つのつらさがあると思う。まずは「もう自分は社会から必要とされない人間になってしまった」という精神的なつらさである。そして最終的には仕事がないということは金銭的に苦しくなる、即ち「貧乏人は死ね」につながっていくわけで、肉体的なつらさを経験することになるのである。

ただしこの話を聞いて、私は正直とても複雑な思いであった。もちろん最初にはこの男性同様の思いが頭をよぎったのだが、そのすぐ後には、そうは言ってもなかなか難しいかもしれないという思いもよぎったのである。一応私は小さいながらも企業の経営者として、やはり現実問題「病気の人を雇えるか」と言われたら返答に詰まる。個人的には雇ってあげたいという思いはあっても、経営の観点からいうと、病気で休みがちな人を雇えるだけの余力があればいいが、それがない場合は難しいであろう。もちろんがん患者=仕事ができない人ではないことは分かっている。

よってこういときこそ利益を考えなくていい「公共の力」を発揮するべきだと思うのである。がん患者だけではなく、今大きな問題になっている育児中女性の就職支援も同じことで、例えば国がそういう人を雇ったら企業に補助金を出せばいいのである。そうすれば企業も積極的に雇うであろう。企業は別にこういった人々を差別しているのではない。男女関係なく、障害者・健常者関係なく、若い・年寄り関係なく、とにかく同じパフォーマンスを出してくれればいいのである。しかしやはりそれぞれを比べるとどうしてもパフォーマンスが違ってしまうので、だから育児中の女性より男性を、障害者より健常者を雇うようになってしまうのである。なのに国は企業に慈善事業を押し付ける。それは申し訳ないが無理というものだ。だからこそ、国がその差を埋めるべく補助金を出してくれれば、結果企業にとってはパフォーマンスが同じになるわけだから、雇用できるのである。さらに言えば、それこそ利益を考えないでいいお役所がそういう人たちを積極的に雇用すればいいのではないのか?

正社員についてもそうだ。今、正社員でなかなか雇ってくれる企業がないことが社会問題となっているが、これも実は国の雇用制度(=労働基準法)が問題なのであって、まさか自分たちを守ってくれるはずの労働基準法に自分たちが苦しめられていることを知っている人は少ないと思う。実際経営者になってつくづく思うのだが、企業は正社員を雇いたくないのではなく、企業が正社員を雇いたくても怖くて雇えない状況になっているのである。つまり一度正社員で雇ってしまうと、よほどのことがない限りはクビにできないので、企業としては業績に応じてフレキシブルに対応できる契約社員やパートとして雇用するほうを選んでしまう。このように国は国民のためと思って作っている法律が、厳しくすればするほど実はまったく国民のためになっていないということが多い。企業だって人間が経営しているのだから、当然社会のためになるようなことをしたいし、同情心だってある。しかし基本は営利企業だということを忘れてはならない。よって国は企業の利益を損なわない程度の協力を求めないとうまく回っていかないのに、まったく企業の利益を無視して厳しい制度を作って押し付けるだけなので、かえって国民が苦しむ結果になっているのである。

話がそれてしまったので、がん患者の仕事を奪わないで欲しいという話に戻すと、まずこれだけはやってはいけないと思うのは、上述の男性の会社のように、ガンだからといって特別な目で見てはいけないということだ。これはガン=即、死というガンに対する誤解があることが原因だと思うのだが、ガンが発症しただけでは手術して2週間も入院すれば完治して普通の人に戻れる人もいるので、そういう場合はガンといっても風邪をこじらせたのとたいして変わらない。問題はガンによって会社を休みがちになったりした場合であるが、その場合は私の口からはなんとも言えない。なるべく周りの人が協力して仕事が続けられるようにして欲しいとは思うし、会社も多少のパフォーマンスの落ちには目をつぶるようにしてあげて欲しいとは思うが、あまりにも会社に迷惑がかかるようになった場合には・・・やはりやむをえないと思う。しかしこれはガンだからではなく、普通に公平に考えて能力を発揮できない人としての扱いを受けるという意味であることを間違えないで欲しい。

私がたまに覗いている、やはり私と同じような年齢でステージIVの大腸がんと闘っているある男性のブログがあるのだが、彼もガンになってから就職活動をして大変だったらしい。でも世の中には必ずやさしい人がいるもので、何社にも断られた末に、最終的にはある社長さんが彼の事情をすべて受け入れた上で、アルバイトとして雇ってくれたらしい。でもブログを読んでいると、通院や抗がん剤の副作用で出勤できないことも多く、仕事中も具合が悪くてちゃんと働けないこともあるようだ。企業、がん患者、それぞれの事情があるので、この件はなかなか簡単には解決できない問題であるが、とにかくがん患者の立場から言わせてもらえば、やはりただでさえがん患者は金銭的にも苦しい状況にあるので、なるべく仕事を奪わないでもらいたい。ましてや特に男性の場合は、仕事を奪われると社会から抹殺されたような気になってしまうので、さらに精神的な苦痛も加わるのが問題だ。

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著者プロフィール

みづき
1970年東京生まれ、女性。既婚。子供はなし。米国シリコンバレーのIT企業のCFO、および日本のコンサルティング企業の役員としてそれぞれ在職中。2006年1月、米国西海岸(シリコンバレー)在住中に癌を告知され、急遽帰国しました。現在は東京・新富町(築地の近く)の自宅にて末期直腸癌(ステージⅣ)で闘病中です。
この写真は、2005年12月8日、サンフランシスコのお世話になっている弁護士事務所のクリスマスパーティに出席したときのもの。これが最後の飲み会でした・・・。お酒をこよなく愛した私も、お正月以来一滴も口にしていません・・・。また飲める日が来ると信じてがんばります!