西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています
総アクセス数:11,761,485
413

あわや救急車を呼ぶ事態に!

旧コメント | 次の記事 | 目次
popy.jpg
<写真の説明>千葉県千倉の父の友人宅へ行って両親がとってきたポピー

以前であれば1日でもブログを書かないと「何かあったのでは?」と思われた私だが、最近はほぼ1日おきペースになっていたので、恐らくみなさんはこの2日ブログを休んだことに対しても「インテリアを考えるのに忙しくて書く暇がなかったのだろう」ぐらいに思っていたことであろう。実は私はおととい(4月30日)原因不明の激しい胃痛に襲われ、救急車を呼ぶ寸前の大変な事態に陥っていたのだ!!

簡単にこの2日間をまとめると

<4月30日>

11時起床 いつものように朝食(というかほとんどブランチ)に大量のフルーツを食べる。体調的には特に変わったことはなし

14時に小腹がすいたのでさつまいもの素揚げを5切れほど食べた。さつまいもにアオカビのようなものが見えたが、新しかったのでカビが生えるような状態ではなかったことから大丈夫だと判断し、とりあえずアオカビみたいなものがついていないものを食べた

17時ごろから胃のむかつきを感じ始め、時間の経過とともに悪化

19時には激しい胃痛とともに第一回目の嘔吐

19時半ごろ、2回吐いたことで少し落ち着きを取り戻したので、両親帰宅(父が風邪を引いていて父も体を休める必要があったので、私に付き合っている余裕はなかった)

20時ごろさらに容態悪化。救急車を呼ぼうにも声を出すことすらままならない状態だったので、主人に至急帰ってくるよう連絡

10分後主人帰宅。私は息も絶え絶えの状態。救急車を呼ぶことを検討。その前に緩和ケアに相談の電話。現在の症状だけでは原因は分からず、検査をしてみないと何も分からないということで、ほぼ食中毒に間違いないと思っていた私はとりあえずもう少し様子を見てみることにした。

それから1時間は大量の発汗、寒気、発熱、吐き気、胃痛の症状でかなり苦しんだが、それ以上悪くはならなかった。

21時に3度目の激しい嘔吐。しかしそれをピークに少し症状が回復。救急車を呼ぶ必要はなくなった。胃の痛みのほうが強かったせいか、いつものがんの疼痛はあまり感じなかったのがせめてもの救いであった。

<5月1日>

午前3時に吐き気をもよおしトイレに行ったが吐けなかった。

その後さらに症状は回復。

10時起床時には胃痛は治まり、軽い吐き気があるのみ。微熱はあり。

12時緩和ケアの外来の予約がちょうど入っていたので、外出はつらかったが診察をしてもらいに行った。待っているときもソファーで横になっており、診察もベッドに横になりながらの診察だった。

13時帰宅。昨日に比べれば段違いの回復だが、しかし食欲はまったくなく、起きていることは無理というぐらいのだるさがあった。よって一日中寝ていた。寝ている間もかなり汗をかいた。日中は平熱に戻ったが、夜に再び微熱が出た。胃の痛みがなくなった分、がんの疼痛が出てきた。

<5月2日>

そして今日。午前中は胃のむかつきがあったが、食欲も少しずつ出てきて、スープとパンを食べることができた。ようやくブログを書けるぐらいにまでは復活したものの、まだ完全に調子が戻ったというわけではない。微熱もある。倦怠感もある。まあ明日には完全復活できるであろう。

とまあ、ざっとまとめるとこんな感じであるが、結局この胃痛はなんだったのか正確にはわからない。私は食中毒だと決め付けていたが、C先生によるとその線はないそうで、もしさつまいもが原因だとすると考えられるのは食あたりだということであった。ちなみに食中毒と食あたりは単に言い方の違いだけかと思っていたが、病気そのものが違うのだということを今回初めて知った。主な違いは発生時間の違いなのだが、当然症状の重さも違い、食中毒のほうが食あたりより症状が重い。食中毒の場合は原因の食物摂取の後通常半日から1日を要するので、よって私の場合考えられるとしたら食あたりなのだが、その場合でも発生時間からしてちょっと早すぎる。となると原因がさつまいもではないという話になるのだが、それ以外にはこれといって特別なものは食べていないので、さつまいも以外の食べ物が原因だとは考えにくい。

食あたりでない場合は、腸閉塞か急性胃炎が考えられるとのことであった。食あたりであれば今後食べ物に気をつければいいだけのことなので、私としては食あたりであってほしかったのだが、もしそうでないとなるとかえってやっかいだ。便秘気味とはいえちゃんと便は出ていたので、腸閉塞なんてありえないと思っていたらそうでもないようで、特に開腹手術をした人はちょっとした瞬間に腸がキュッとねじれて腸閉塞を起こすこともあるそうで、そういう場合は今回のように自然に治ることもあるらしい。だとしたら今後もまた発生する可能性はあるわけで、またこんなに苦しい思いをする可能性があるかと思うとなんだかお先真っ暗だ。

急性胃炎の懸念もはずせないのは、父が風邪を引いていたからである。私も父が風邪気味だと聞いて一瞬大丈夫かなあという不安がよぎったのだが、免疫療法もやっているし、体力はついているものと過信していたのでそのまま家に来てもらった。しかし結果こういうことになると、やはり念には念をで風邪を引いている人には近づいてはいけなかったと反省している。

いずれにせよ何が原因だったのかはわからない。とにかく私が死ぬほどつらい思いをしたという事実だけだ。それにしても同じ事象の捉え方のあまりの違いに笑ってしまったのだが、私は今回のことをたまたま運が悪く食あたりか何かになってしまっただけか、もしくは好転反応か!?とさえ思ったほど、とにかく前向きに捉えていたのだが、C先生は180度違った。要するにまた一歩私が死に近づいてしまったと考えたようだ。今回はさすがに一人では危なかったので主人に外来についていってもらったのだが、ちょうど家族も一緒に意思の再確認ができていいと思ったのであろう。また最後はどう迎えたいかとか、人工呼吸を希望するかとかそういう質問をしてきたのだ。C先生からそういう質問をされて初めて私は「そうか、今回のことはがんがさらに進行したという考えもあるんだな」と思ったのだが、そのように聞かれなかったら逆に病気がよくなっているかもしれないとさえ思っていたのだから、なんて私って能天気なのであろう。でもこの気の持ちようが重要なのだと思った。このぐらい能天気でなければがんには勝てない(笑)。

とにかくこの2日間ほとんど何も食事をとっていないし、ただただベッドに横になっていただけだったので、体重は1キロ減ってしまったし、体力もかなり消耗した。また一からやり直しだ。思えばちょうど半年ごとにこうした大事件が起こる。最初の開腹手術からちょうど半年後に腸閉塞によりストーマの手術を受け、また半年後に今回の事件が起こり・・・。今回は手術は免れたのでよかったが、半年たつといい調子で回復していたのにストップがかかり一からやり直しになる。まったくいやになるなあ。

旧コメント | 次の記事 | 目次
記事公開当時のコメントは上記「旧コメント」から御覧ください。新たなこの記事のご感想やコメントはTwitterハッシュタグ「みづきの記録」もしくは、フェイスブックのコメントへお寄せください。
Tags:大腸がん 記事投稿日:2007-05-02

続きの記事

(414) 完全復活とまではいかなかった
(415) 仕事のストレスかなあ
(416) この変化をどう捉えるべきか悩みどころ
(417) 私を天国にも地獄にも行かせるもの、それはうんち。
(418) やっかいな鈍痛・・・
(420) 思えばストーマにすれば痛みとおさらばできるはずだった

著者プロフィール

みづき
1970年東京生まれ、女性。既婚。子供はなし。米国シリコンバレーのIT企業のCFO、および日本のコンサルティング企業の役員としてそれぞれ在職中。2006年1月、米国西海岸(シリコンバレー)在住中に癌を告知され、急遽帰国しました。現在は東京・新富町(築地の近く)の自宅にて末期直腸癌(ステージⅣ)で闘病中です。
この写真は、2005年12月8日、サンフランシスコのお世話になっている弁護士事務所のクリスマスパーティに出席したときのもの。これが最後の飲み会でした・・・。お酒をこよなく愛した私も、お正月以来一滴も口にしていません・・・。また飲める日が来ると信じてがんばります!