西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています
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食物は生きている

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今日のトピックは「何を今更」というようなものだが、今日改めてそれを再認識したので書くことにした。あまりにも当たり前の話すぎてちょっと恥ずかしいのだが、私としては忘れかけていたことでちょっとした再発見だったので、どうか今日はこのくだらない再認識話にお付き合い願いたいと思う。

実は数日前、まだちょっと早いかなと思ったが、つい待ちきれずキウイをむいて食べようとした。しかしやはりあまりにも硬すぎて酸っぱかったので食べることができなかった。結局そのキウイはラップに包んで冷蔵庫に入れておいた。たとえ冷蔵庫の中でも少し時間をおけば多少熟れてくると思ったのである。

そして本日、剥かずにそのままにしておいた別のキウイをチェックしたところ、ようやく柔らかくなってきて食べごろになっていたので、早速剥いて食べた。ちょうどいい具合に熟れていてとてもおいしかった。そして同時に冷蔵庫に保管しておいたキウイももうこれ以上はとっておいても変わらないと思い食べてみた。すると数日前の状態とまったく変わっていなかった。相変わらず硬くて酸っぱいままだった・・・。

そこで気づいたのである。切ってしまったキウイは死んでしまったと。そして切らなかったキウイは生きていた!と。食事療法をやっている私としては、野菜や果物は新鮮なものを、とにかく切ったらすぐに食べるようにと言われているので、そんなことは当然知っていたことなのだが、野菜が生きているとか死んでいるとかは実際目にすることがなかったので、正直あまり実感がなかった。そしてそれ故、いつも母ににんじんジュースや青菜ジュースを作ってもらって、私がすぐに飲まずにもたもたしていると、母から「早く飲みなさい」としつこく言われていたのだが、私は母が言うほど「そんなにすぐに飲まなくても・・・」と思っていたのである・・・。しかし今回のキウイの件で、実際に死んだ果物を目の当たりにして、やはり新鮮さというのはとても重要なのだということを再認識した。これからはジュースも作ってもらったらすぐに飲もうと思う。そして野菜などもなるべく食べる直前に切るようにしようと思う。このことから考えると、スーパーで売っているカット野菜などは、完全に死んだ野菜になっているということが容易に分かるし、果たして栄養もあるのかどうか疑問である。コンビニや外食で食べるサラダなどもそうである。食べないよりはましだと思うが、もしそういった野菜を食べて野菜を食べた気になっている人がいたら、考えを改めたほうがいいと思う。実際にはほとんど意味のない食物になっている可能性があるからだ。食事療法の考えでは、新鮮な野菜から栄養を摂取することはもちろん重要なことだが、それと同じぐらいに、生きている野菜からパワーをもらうということも重要な要素となっているのである。

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著者プロフィール

みづき
1970年東京生まれ、女性。既婚。子供はなし。米国シリコンバレーのIT企業のCFO、および日本のコンサルティング企業の役員としてそれぞれ在職中。2006年1月、米国西海岸(シリコンバレー)在住中に癌を告知され、急遽帰国しました。現在は東京・新富町(築地の近く)の自宅にて末期直腸癌(ステージⅣ)で闘病中です。
この写真は、2005年12月8日、サンフランシスコのお世話になっている弁護士事務所のクリスマスパーティに出席したときのもの。これが最後の飲み会でした・・・。お酒をこよなく愛した私も、お正月以来一滴も口にしていません・・・。また飲める日が来ると信じてがんばります!