西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています
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国立がんセンターでの初診

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初診にこぎつけるまでにいろいろとエピソードがあるのだが、ここではそれは割愛する。とにもかくにもある方々のご尽力のおかげで、日本帰国早々にガンセンターでの初診を受けられることになった。まさかガンセンターの診療券を自分の名前で作ることになろうとは夢にも思わなかったが、実際診療券を手にして、自分のガンとの闘いが今日から始まるのだなという、何か覚悟みたいなものが芽生えた。と同時に、ホテルみたいな病院を目にし、自分の家から近く(なんと徒歩でも20分くらい!)、こんな素敵な、そしてガンに関しては日本で一番のところに罹れることに喜びを感じた。恵まれた環境にあるなーと思った。そしてここで治せないのならもうあきらめるしかないだろうとも思った。

私の担当はA先生だった。まずはおきまりの触診。いわゆる肛門に指をつっこむってやつだ。塗るタイプの瞬間麻酔をするとはいえ、塗ったと同時に指を突っ込むので、いったい麻酔が効く時間などあるのだろうかと疑問に思ってしまう。私は「痛ーーーーい!!」と叫び、泣いてしまった。通常は触診は痛くないとのこと。どうやら裂肛(いわゆる切れ痔)があるらしい。すでに私の場合はガンと分かっているので、今更診察で「ガンですね」などとは言われないのだが、どうやら肛門から5センチぐらいのところにガンがあるらしい。そして肛門から5センチというのはかなり重要な数字で、手術してストーマ(人工肛門)になるかならないかは、肛門から5センチ以上離れているかどうかが鍵を握っているのだ。よって先生は人工肛門になる可能性もあるから覚悟しておいてくださいと言った。人工肛門・・・・初めて聞く言葉だったし、そのときは単純に肛門が作り物になるだけのこと、と軽く考えていた。

それから手術の準備として、肉とビタミンCをたくさんとるように言われた。外科医の見解として、肉を食べている人のほうが切りやすいらしい。魚ばかり食べている人は肉も魚の肉のようにぽろぽろしてくるんだそうだ。ほんまかいな?でも外科医がそう言うんだからそうなのだろう。というわけで、この日以降、毎日肉料理ばかりを食べ、ビタミンCのサプリを買って飲むようになった。このブログを書いている2006年4月現在、食事療法をしている身から考えれば、肉を毎日食べるなど、それはそれは恐ろしい、まさに自殺行為をしていたわけだが、当時はそれがいいと信じて実行していたのだ。しかも、ビタミンCの大量摂取も身体を冷やすらしく、まさに今正反対の”身体を温める”ことをしている私にとって、これまた自殺行為であった。知らないということは恐ろしい。そして目的が違うとまったくやり方も違ってくるという好事例だと思う。

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(19) このブログについて
(20) 自覚症状が出始めていた時期の話
(21) 初めて痔を経験
(22) 大腸内視鏡を受けるまでの症状
(18) 大腸内視鏡検査、そしてガンの宣告
(17) 初めて救急車に乗った

著者プロフィール

みづき
1970年東京生まれ、女性。既婚。子供はなし。米国シリコンバレーのIT企業のCFO、および日本のコンサルティング企業の役員としてそれぞれ在職中。2006年1月、米国西海岸(シリコンバレー)在住中に癌を告知され、急遽帰国しました。現在は東京・新富町(築地の近く)の自宅にて末期直腸癌(ステージⅣ)で闘病中です。
この写真は、2005年12月8日、サンフランシスコのお世話になっている弁護士事務所のクリスマスパーティに出席したときのもの。これが最後の飲み会でした・・・。お酒をこよなく愛した私も、お正月以来一滴も口にしていません・・・。また飲める日が来ると信じてがんばります!