西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています
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見出せぬ解決の糸口

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昨日の夜というか今朝というか、とうとう痛みで発狂した。夜中の1時から明け方6時ぐらいまで、痛くて痛くて一睡もできず、主人も巻き込んでの大騒動だった。寝ても起きても歩いても立っても座っても、とにかくどんな体勢をとっても痛い。足つぼマッサージ、ゆたぽんで温める、お風呂等々、ありとあらゆることを試みたがどれもだめだった。とうとう夜中の3時にびわ葉温灸までやった。それでもだめだった。何度も大泣きし、もう身も心もボロボロであった。

そんな中、唯一少しだけ効果があったのが、主人の「気の注入」だった。おしりに手を当てて気を入れてもらったのだが、それをやっている間だけ、なぜか痛みが少しだけ和らいだ。気の注入は何もこれが初めてではなく、いつもびわの葉温灸中に1回やってもらっている。が、いつもは特に変化はないのに、なぜか今回は明らかに痛みが和らいだ。やはり主人の本気度が違ったからだと思う。当てていた手から、ものすごくエネルギーが私のおしりに伝わってきた。日本語で「手当て」というが、まさにそのとおりだと思った。科学的にはどういう作用があるのかは分からないが、手を患部に当てるだけで、なにかの作用があるのだと思う。まさに今回この身をもってそれを感じた。

何をすれば痛みがとれるのだろう。どうしてこんなに痛いのだろう。

この言葉を何百回、何千回繰り返したことか。母もこの言葉が口癖になってしまったようだ。夕方になんとか痛みが治まったので、築地市場の駅まで一緒に歩いたのだが、母の口からまたこの言葉が出ていた・・・。

こうして今日も解決の糸口を見出せぬまま、夜を迎えた・・・。果たして今宵はどうなることやら・・・(^^;)。最近夜になるのが怖い・・・。

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著者プロフィール

みづき
1970年東京生まれ、女性。既婚。子供はなし。米国シリコンバレーのIT企業のCFO、および日本のコンサルティング企業の役員としてそれぞれ在職中。2006年1月、米国西海岸(シリコンバレー)在住中に癌を告知され、急遽帰国しました。現在は東京・新富町(築地の近く)の自宅にて末期直腸癌(ステージⅣ)で闘病中です。
この写真は、2005年12月8日、サンフランシスコのお世話になっている弁護士事務所のクリスマスパーティに出席したときのもの。これが最後の飲み会でした・・・。お酒をこよなく愛した私も、お正月以来一滴も口にしていません・・・。また飲める日が来ると信じてがんばります!