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昔見ていた夢の謎が解けた!?

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今日も相変わらず痛みに泣かされた。しかも今日は朝から肩透かしを食った格好になり、余計にブルーになった。いつも朝一番に必ず排便があるので、朝起きたらすぐにロキソを飲んで準備万端にしておくのだが、今朝はなんと排便がなかったのだ!!がーん。よって無駄にロキソを飲んでしまった。このショックは計り知れない。便が出なかったこともショックだが、必要なときにロキソを飲みたくても飲めない状況を作ってしまったことが何よりショックだった。ただでさえ痛みが続いていてイライラ感が募っていたのに、このショックが重なりイライラ感が限界に達していた。今日はちょっとしたことにもキリキリとしてしまったり、ちょっとしたことにも涙が出たりした。自分でも少々精神的に疲れているのが分かる。こんなことではいかん、いかん。

というわけで、とかく落ち込みがちな最近であるが、せめてブログの中では楽しいお話をしようと思い、今日はこのトピックにしてみた。

実は前からすごく気になっていたことがあった。それは私がよく見る夢の内容だった。けっこう私は夢を見ることが多いのだが(眠りが浅いのだろうか?)、ほとんど決まってテーマは3つだった。恋愛の夢、逃げる夢、そしてう○ちの夢であった。恋愛の夢は、相手の男性が実在の人物でけっこう現実的な夢を見るときもあれば、ときにはキムタクが彼氏だったり、中居くんが彼氏だったり、そうそう今日は私の大好きな佐藤浩一がお相手であった(笑)。逃げる夢はなぜこんな夢を見るのかちょっと気になるが、とにかく常に誰かに追いかけられて逃げているのである。夢の中で走って走って走りまくっている自分に何度も遭遇した。追いかけてくるのは人間とは限らず、像に追いかけられたときもある(笑)。

そして今日取り上げる夢の話は、3つめの「う○ちの夢」についてである。これこそなんでこんな夢を見るのだろうと今までいつも不思議に思っていた。しかも中学生の頃から見始めるようになった。なぜこんなに細かく覚えているかというと、当時毎朝一緒に通学していた子に、私が見た夢の話をしていたのだが、3日連続でう○ちの夢を見たという話をしていたのだ。それ以降今に至るまで、時々う○ちの夢を見た。あるときは公衆トイレに入ったらそのトイレがう○ちまみれになっていて苦労したとか、トイレの扉を開けたら中におばあさんがいて、「見ーたーなー!!!!!!」といって激怒し私を追いかけてきたので逃げたとか(まさにこれは逃げる夢とダブルだった(^^;))、とにかくそんな変な夢をしょっちゅう見ていたのだ。

そしてようやくこの夢の謎が解けた!!これはまさに今の私の状況を予知するものであったのではなかろうか???つまり、う○ちに苦労するということだ!!というのも、ガンになってからぱったりとこの手の夢を見なくなったのだ。そうだ、きっとそうに違いない(笑)。ということは、他の2つの夢も何か今後の生活において重要な意味を持ってくるのかもしれない。あるいはすでに過去に何か関係があったのかも!!??ガンになってからというもの、今までまったく興味のなかった「精神の世界」とか「超常現象」みたいなものを信じるようになったので、なおさらそう思うのかもしれないが、私にはこの夢が「将来あなたはう○ちのことで苦労しますよ」というメッセージだったのではないかと思わずにはいられないのである。

最後に、今日は昨日の反省点を踏まえ、エネマをやる前にロキソを飲んだので、というよりロキソを飲める時間までエネマを待ったので、それが功を奏し、夕方5時ぐらいからはようやく強い痛みからは開放された。さらに今日はスペシャルサービスで、父が夜うちに来てくれたので、昼間は母に、夜は父に、計2回もマッサージをしてもらったので、ブログを書いている今はかなり調子がよい。明日は今日のことを教訓に、朝一番でロキソを飲むのをやめよう。こうしてまた明日も試行錯誤の日々が始まる。さあて、明日はどんな一日になるだろうか?(^^)

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著者プロフィール

みづき
1970年東京生まれ、女性。既婚。子供はなし。米国シリコンバレーのIT企業のCFO、および日本のコンサルティング企業の役員としてそれぞれ在職中。2006年1月、米国西海岸(シリコンバレー)在住中に癌を告知され、急遽帰国しました。現在は東京・新富町(築地の近く)の自宅にて末期直腸癌(ステージⅣ)で闘病中です。
この写真は、2005年12月8日、サンフランシスコのお世話になっている弁護士事務所のクリスマスパーティに出席したときのもの。これが最後の飲み会でした・・・。お酒をこよなく愛した私も、お正月以来一滴も口にしていません・・・。また飲める日が来ると信じてがんばります!