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野菜で季節を感じる

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いつも野菜を送ってくださるS氏からのメールにこう書かれていた。

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キュウリ、なす、トマトはもう終わりました。

冬瓜、ゴーヤ、ピーマン程度しか送れなくなりました。

さつま芋が採れるまで、暫くお休みです。

いつも同じ物ばかりで申し訳ありません。

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毎回”何が今回は採れたのかなあ”とメールをわくわくしながら読んでいたのだが、今まではただ漠然とそれに対して喜びを感じていただけであった。しかし、今日はただ喜びを感じるだけでなく、ふとあることに気がついた。そういえば今までほとんど食卓に上らなかったトマトを、最近は毎日のように食べているなあと。春ごろはトマトサラダが食べたくて食べたくて「あー、早くトマトの季節にならないかなあ」と言っていたのを思い出した。なすやきゅうりも然りだ。そして最近よくお見かけするのはゴーヤだ。母や義母もいろいろな無農薬野菜を持って来てくれるのだが、最近はゴーヤが多い。私は好きなのでまったく問題ないのだが、私以外の家族があまり好きでないため、ちょっとゴーヤの消費が追いつかなくなってきた。さすがにゴーヤを塩もみしたサラダやゴーヤーチャンプルーばかりも食べていられないので、青汁ジュースに挑戦してみた。かなり苦いだろうと覚悟して飲んでみたところ、意外や意外、りんごとゴーヤだけなのにけっこう飲みやすくておいしかった。これで一気にゴーヤの消費も進むであろう(^^)。

ちょっと話がそれたが、とにかく私が今日気がついたのは「ある野菜が出回るとそればかりを食べるようになっている」ということだ。無農薬野菜、有機栽培野菜、身土不二・・・を実践するということはそういうことなのだ。そしてそれが本来の姿であり、当たり前のことなのだ。すっかり今までの生活で、いつでも食べたいと思う野菜が年中手に入るのが当たり前になってしまっていたため、「野菜で季節を感じる」ということがなくなってしまっていた。だから、トマトの旬はいつなのかとか、そういうことは一切知らずに来てしまったので、S氏からのメールはとても新鮮であり、同時にとても勉強になる。

「いつも同じばかりで申し訳ありません」とメールに書かれているが、とんでもない!申し訳ないどころか、とてもありがたいことである。まさに「旬のものを食す」ということはそういうことなのだから。トマトの季節も終わってしまい、またしばらくトマトが食べられない日々が続きそうだが、でもプラス思考で考えれば、次のトマトの季節が今まで以上に楽しみになり、また食べられたときの喜びもひとしおになるというものである。昔の人たちはこうやって季節を感じ、新しい季節の到来に喜びを感じていたのだろうと思った。

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著者プロフィール

みづき
1970年東京生まれ、女性。既婚。子供はなし。米国シリコンバレーのIT企業のCFO、および日本のコンサルティング企業の役員としてそれぞれ在職中。2006年1月、米国西海岸(シリコンバレー)在住中に癌を告知され、急遽帰国しました。現在は東京・新富町(築地の近く)の自宅にて末期直腸癌(ステージⅣ)で闘病中です。
この写真は、2005年12月8日、サンフランシスコのお世話になっている弁護士事務所のクリスマスパーティに出席したときのもの。これが最後の飲み会でした・・・。お酒をこよなく愛した私も、お正月以来一滴も口にしていません・・・。また飲める日が来ると信じてがんばります!